【November】flatter oneself


もう本格的に冬に入ろうとしている…ひゅっと吹き抜ける風が冷たくて体を強張らさせた

ぶるりと体を震わせても隣の最愛…と呼んでいいのだろうか…シュウさんは私の手を握ってもくれない。



あれから…10月19日からシュウさんは何もしない、というか近付いても来ない。
けれどこうして少しだけ離れた一定の距離を保って隣にはいる。
何だろう…彼は本当に何がしたいんだろうか。




只付き合うと言う…彼女と言う名目の女が欲しかったのだろうか。
…でもシュウさんならそんなのいなくても色んな女性にアプローチされてる筈なのに。
嗚呼、もしかしてそんな彼女達が鬱陶しかったら私を「彼女」って奴にして女除けを…?だったら納得かもしれない。



じわり



筋が通りすぎる理由を見つけたはずなのに
その結論に行きついた瞬間瞳に涙が浮かぶ。
零れるまではいかないけれど…どうしよう、胸が酷く苦しい。



きっと、何処かで…シュウさんも本当に私の事が好きで付き合うって言ってくれたんだって思いたかったんだろうなぁ…。



じわり
じわり



涙が次第に溢れて零れ落ちそうになる。
けれど本当にそれが落ちてしまう前に酷く冷たいものが頬に触れて大袈裟に体が揺れてしまった。




「!?」



「…花子。今すごく失礼な事考えてただろ。」



「シュウ…さ?」



「来い。」




酷く冷たいものはどうやらシュウさんの手だったようで…
驚きに目を見開いたまま彼の顔を見ればとんでも無く不機嫌顔で、彼の言葉の真意が掴めないまま
酷く冷たい手に強引に引っ張られて、彼の広すぎる歩幅に必死について行った。
その間も繋がれた手からどんどん体温が奪われてしまって酷く寒くて寒くて、カチカチと歯を鳴らしてしまう。




「はぁ…ようやく来れた。」



「…え?なん…しゅ、」



連れて来られたのはシュウさんの部屋。
入った瞬間から分かる位大袈裟に暖かい。


どうやら事前に暖房を高い温度に設定して入れていたようで、むわっとするくらいの温度に少し顔を歪めていれば不意にぎゅっと抱きしてられて彼の冷たすぎる体でようやくこの室温が中和される。


余りにも心地よいそれに気が付けば目を閉じて包み込まれている感覚を静かに味わっていた。




「ったく…これだから冬は嫌なんだ。」



「……え?」



「俺が暖かくない所で触れたら花子は寒いんだろう?…さっきだって震えてた。」



すりすりと今までの分を補うように頬や頭を撫でてくるシュウさんの言葉に彼に抱き締められて丁度良かったはずの体温が一気に上昇してしまう。


…もしかしなくてもシュウさんがずっと私に触れて来なかったのは寒くなってきたから冷たい自分が触れてしまうと私が震えてしまうから?


現にさっき、シュウさんが頬と手に触れたとき…私は歯を鳴らす位ガタガタと震えていたけれど…



「あ…う、」



「どうせ俺が花子に触れないから名目上の彼女なんだとかそんなくだんない事考えてたんだろ。」



「う、うぅ…」



自分の考えもピタリと当てられてしまいもう、うまく言葉が出ない。
ただひたすらに彼に抱き締められたまま空いた方の手で好きに撫でられるばかりである。


どうしよう…冷たい体のシュウさんに抱き締められているのに今、酷く体が熱い。
そんな私の様子を見たシュウさんはクスリとひとつ、小さく笑って暖房の電源をそっと切ってしまった。



「こんなに体熱いならもう…いらないだろ?」



「だ、って…これは…っ」



「ん…俺が花子を花子が考えている以上に気遣って愛してるからいけないんだよな?」



また…また考えてる事を言い当てられてしまった。
そうだ…まさかこんなに気遣ってくれてるなんて思ってなかった…愛してるっていうのは…うん、恥ずかしくて認めたくないけれど
でも…でも触れてくれない理由がこんな優しいものだったなんて知らなかったんだ。



「花子……、もう我慢できない。」



「あ、」



ぬるりと首筋に這わされた舌。
そうか…この部屋をあらかじめ暖めていたと言う事はつまり今日は私に触れるって決めていたからで…
宛がわれた牙に遂に来てしまったとぐっと体に力を込める。



「力抜けよ…酷くされたいのか?」


「や、だって…こわ、い…です。」


「なんだよソレ…くくっ、別にそんなんじゃないのに今から俺に抱かれるみたいな言い方。」



首筋に牙を宛がったまま意地悪に笑ってしまうシュウさんの言葉に私の体はまた熱くなる。
そうだよ…私の言葉、そうだ…なんだかそう言う事されるみたいな言い方じゃないか恥ずかしい。



恥ずかしくて何処かに顔を埋めたいのに今は彼に捕まってしまっていてなにも出来ない。
どうしよう…恥ずかしい、はずかしい。



顔を真っ赤にして震えてれば何を思いついたのかシュウさんが少し大げさな口調で言葉を紡ぎ始めた。



「嗚呼、言い忘れてた。吸血って意識トんじまう位痛いんだよな」



「え……?」



「花子の態度次第じゃぁ…優しくしてやってもいいけど?」



一旦首から唇を離されて指を絡め取られて笑顔のまま迫られる。
吸血ってそんなに痛いの…?どうしよう…私、そんなの絶対に耐えられない。



顔面蒼白になって私の態度次第じゃ優しく…その言葉の真意をじっと待つ。
自分の態度次第で激痛から逃れられるんだったらなんでもしたい。



「敬語。やめろ。後…シュウさんじゃなくてシュウ。」



「え…そ、それは無理…いぅ!?」



無茶な提案を反射的に断ろうとすれば首筋に表現できない激痛が走る。
瞬間鉄の香りが広がってじゅるりと啜る音が耳にダイレクトに入ってきてしまう。
どうしよう…痛い…本当に痛い。



「シュウ、さ…いた…いたい…っです…やめ…っひぅ!」



「ほうら花子…優しくして欲しいなら…ん?」



一度牙を引き抜かれて先程の痛すぎる吸血とは正反対に
どこまでも優しい声色で誘導してくるのでもはや私の中の抵抗と拒否という文字はあっけなく溶けて消えてしまう。
只、言われるがままに先程の痛みで震えてしまっている指で彼に縋りついて望む言葉を紡ぐだけ。



「しゅ、シュウ…おねが…優しく…優しく…シて?痛いのは…やだ。」


「!…イイコだ。やっぱり…うん、敬語は邪魔だったな…んっ」


「あ……!?」



私の言葉に酷く嬉しそうに…何処か高揚した口調でそう言ってくれたシュウさん…
ううん、シュウはもう一度ズプリと牙を私に突き立てたけれど
今度は全然痛くなんかなくて…寧ろどうしてだかシュウの事が愛おしい気持ちになってそれでいて血が彼に吸われる度に酷く気持ちよくてビクビクと体を揺らしてしまう。



「ん…花子、気持ちいい?」



「んぅ…気持ちいい…シュウ、あの…もっと…」



「はは…っハジメテなのに牙の快感に目覚めちゃった?…可愛い。いいよ、もっとくれてやる。」



そっと抱き締めると言うか包み込む様に私の体を掻き抱いて先程よりももっと深く牙を埋められる。


ビクリと揺れてその快感に耐えるけれど初めての吸血に私の体はついていけなくて
全身からふわりと力が抜け、その場に崩れ落ちそうになったけれどそれはシュウがしっかりと体を抱き込んでいるので未遂に終わった。



「あ、シュウ…ごめ…」



「別に…初めて吸われるんだからこうなるのも当たり前…って言うか俺も加減が…ホラ、」



酷く吸われ過ぎたのか呼吸も浅くなってしまい、息も絶え絶えに
彼に体を預けてしまっている事を謝罪すれば困ったように笑って窓を見やるので私もちらりとそちらに目線だけ向けてみた。




………あ、そうか…だから。
だからシュウは今日私を部屋に連れて血を…。



「シュウ…まだ渇く?渇くなら…もっと…いいよ?」



「初めてのクセに煽るな花子は…でもだーめ。俺は花子を単なる餌として見てるわけじゃないから…ここで吸い殺したくないんだ。」



おずおずと血を差し出すと申し出ればお預けと言わんばかりにちゅっと可愛らしいキスが頬に落ちた。
…どうしよう。キス…頬だけどすごく嬉しい。
もう体に力が入らなくて彼の腕の中で只表情だけ緩んでいたのかシュウは小さく吹き出して何度も頬にキスしてくれる。



「ん…シュウ…くすぐったい…ふふ、」



「こんな事くらいでそんな嬉しい顔されると…もっとキスしたくなるな。」



そう言って私が動けない事をいい事に頬だけだったそれが今度は額、瞼、さっきまで吸っていた首筋と沢山の場所に降ってきてしまい
くすぐったいけれど酷く心地いい気がして意識が次第に微睡へと沈んでいってしまう。



「………シュウ…しゅ、…、」



「…ここはちゃーんと起きてる時に…な?……おやすみ、花子。」



落ちていく意識の中、ふにっと唇に何かが押し当てられて
そんな言葉が聞こえた気がした…



どうしよう…私、
ひょっとして本当にシュウに愛されてるのかも…



なんて、




ちょっと自惚れてしまいそう。
シュウに少し自意識過剰にされそうな満月の夜は静かにふけていった。



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