【December】I believe in you


もしかしたら私は本当にシュウに愛されてるかもしてない。
そう自惚れ始めた矢先、それは見事にガラガラと崩れ去ってしまった。



「や…やだ…やぁ…」



「花子………、」



ガタガタと小刻みに震える体。
ベッドの隅でくるまってシーツを頭からかぶって小さく嗚咽を漏らす。
包まれるのはシュウの柔らかな香り。
降ってくるのは悲し気な彼の声。



けれど悲しいのは紛れもなく私の方だ。




怯えきった体、中途半端に乱れた洋服、
クリスマス…聖なる夜に私は吸血鬼に犯されかけた。




初めての満月の日から少しだけシュウとの距離が縮まって穏やかな日々を過ごしていた。
自分自身もシュウに愛されてるかも…いや、愛されてるって思い始めて…
クリスマス、折角だからシュウの彼女として何かプレゼントしたいって思い、一週間前から色々考えてささやかながらプレゼントも用意した
なのに…なにのこんなのあんまりだ。




クリスマス当日、シュウの部屋に呼び出された私は少しばかり浮ついて
小さなプレゼントを背中に隠していそいそと無防備に訪れた。


すると入った瞬間やっぱりいつもより暖かいその部屋でいきなり抱き締められたかと思うと耳元で「愛してる…」と囁かれて思わず胸が高鳴ったのに
そのままベッドまで連れていかれていきなりこんな…
必死に抵抗して未遂で済んだけれどもうシュウの事怖くて見れない。


彼に渡すはずだったプレゼントの箱は少し潰れて私と一緒にベッドの隅に転がってしまっている。



「シュウ…ひどい…初めからこれが目的だったんだ…」



「花子…」



「すきとか…あいしてるとか…そんな…言葉…っ!!!」



「…………、」



「わた、し!やっぱり遊ばれてた!!!」



シーツにくるまったまま失望の言葉ばかりを並べる。
何が好きだ何が愛してるだ。
そんな言葉並べて全てはこうする事が目的だったんだ。
最低、さいてい、サイテイ!!!!



私の気持ちを弄んだシュウに失望しているのか
それとも単純にシュウの甘い言葉を信じて自惚れていた自分に失望してるのかは分からない
…分からないけれどそんなの関係ないと言うみたいに私の目からは涙がとめどなく溢れれ落ちる。




信じてた…のに。
シュウの事、大好きで…満月の時にあんなに優しくされて愛されて…信じてたのに。
信じていたからこの落差は酷く心を抉ってしまう。



ひっくひっくと次第に嗚咽を大きくしていればふわりと体が宙に浮く。
瞬間ぞわりと鳥肌が立って大きな恐怖心は私をパニックへと導いてしまう。



「や…っやだ…はなし…離してっ!!」



「花子!」



「ひぅ…っ!」



ベッドの隅から抱き上げられてそのまま先程自分を犯そうとしていたシュウの腕の中に納まってしまい大きく暴れ出す。
すると体を抱き締める腕に潰れてしまうんじゃないかって位力が込められて大きな声で名前を呼ばれ思わずビクリと体を揺らしてしまった。


そして暫く流れる沈黙に私はどうすればいいか分からず固まってしまうばかりである。




「花子…ごめん。」



「…シュウ?」



「ずっと我慢して来てたから…がっついた。…怖かったな。」



優しく、宥めるように頭を撫でられて
先程までこの人に犯されそうだったのにふわりと体の力が抜けてしまう私は本当に単純だ。
されるがままに撫でられながら彼はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。



「あの日から…満月の時から花子は心開いてくれてるって思ったから…」



「シュウ…」



「そろそろいいかなって…、」



「や、やっぱり…!」



彼の言葉にもう絶望しかない。
どうやらシュウは私に油断させるために好きだの愛してるだな甘い言葉を紡いでただけのようで…


結局は私は彼に愛されてはいなかったんだと思うともう悔しいし悲しいしで感情がぐちゃぐちゃになってしまう。
そして再び零れ落ちた涙はシーツに落ちる前に目の前の唇に吸い込まれて消えた。



「ん…、しょっぱいな。」



「な、に…」




「別に花子を抱きたいだけで付き合ってるわけじゃない…ないけど俺も男だから、」



「…え?」




心なしか私の涙を舐めとったシュウの顔が赤い気がする。
彼の言葉の真意が気になって黙って続きを待てば困ったような顔で先程の行動の真意を説明し始めてくれた。



「別に抱きたいから愛してるんじゃない。逆。愛してるから抱きたいんだ…花子に触れたい、それこそ奥の奥まで…」



「あいしてる、から…だきたい?」



「そう、花子にもっと俺が花子を愛してるって伝えるにはこの方法が一番だし…それに」



ちゅっちゅっと可愛い音を立てて何度も瞼にキスが落ちる。
先程まで沢山零してしまっていた涙を遅れて掬い上げるようなその行為に何だかくすぐったさを感じる。




「正直、好きな女が嬉しそうに俺の部屋に入ってきたら…たまんないだろ」



「う、う、う…」



「ほーら、そう言う顔だって俺を煽る。…ホント、愛しすぎてつらいんだ。」



そう言えばさっき、私ホントにシュウに呼び出されたのが嬉しくて
その気持ちを隠すことなく入ってきちゃったっけ…なんて呑気に思い返す。
でもそんな…そんな事で男の人ってその…抱きたいって、思うモノなのかなぁ。



じっと目でそれを訴えればシュウはまた困ったように笑って
ゆったりともう一度私の瞼にキスをする。



「男は…というか俺はそう。可愛い花子を見ると愛し過ぎて抱きたくて仕方なくなる。」



「しゅ、」



「こればっかりは花子に信じてもらうしかないけど…本当に、抱くのが目的じゃない。何だったら今日はシなくていい…信じてくれるなら、」



少し悲しそうに笑ったシュウの表情にグサリと何かが突き刺さる。
………あ、私…今、もしかしてシュウに酷い事してるんじゃ…。



私がずっとシュウを好きだったようにシュウも私を好きなのだったら
こうして只愛情の先に生まれた欲を拒否されるのって…うん、
その愛情さえ全部拒否される事に繋がるんじゃないかな。




私、ずっとシュウの愛を疑って
「私はこんなに好きなのに」と1人で嘆いていたけれど


今…私はシュウの愛を信じないまま、只ひたすらに彼を拒否してしまってるんだ。



「シュウ、」



「……花子?ん、」



そっと自分から彼の唇を塞いだ。
静かに離せば酷くつらそうな彼の顔に私の表情も歪む。
嗚呼、今…シュウは私が怯えないように必死に我慢してくれてるんだ。



「シュウ…シュウ…ごめん…ごめんなさい。」



「馬鹿…謝るな。花子が俺の事、まだ受け入れることが出来ないのは分かったか、」



震える声で優しい言葉をくれた彼に確信をもって
私はそのままぐっと体に力を込めて後ろのベッドのマットへと倒れ込んだ。
勿論シュウの体も一緒に引っ張って二人で、である。



「花子…やめろ、流石に理性もたない。」



「…いいよ」



「…さっきまで怯えてただろ。…無茶するなよ。」



大きな溜息を吐いて上体を起こそうとするシュウの首に腕を絡めて引き寄せた。
正直、もう全然怖くなって言ったら嘘になる。
だって今もホラ…少しだけ、体は震えてしまってる。
でも確信した。
さっきの言葉で私は確信したんだ。




じっと揺れる真っ青な瞳を射抜いてなんとか笑顔を作る。
大丈夫…きっと、大丈夫。




「私、シュウを信じる。」



「花子…」



「愛してるから抱きたいんでしょう?…だったら、お願い。」



「………あんた吸血の時もそうだったけど、煽るのホント天才的だな。」



また困ったように笑って唇を強く押し付けられたかと思うと
角度を変えて何度も強くキスをされてしまう。
息をするために少しだけ唇を開けると待ち望んでいたように彼の冷たい舌が滑り込んできて口内をゆっくりと、味わうかのようになぞって絡めて吸い付いてくる。



どうしよう…深いキスだけでもシュウがどれだけ私を愛してくれてるかが伝わってきて苦しい。



「ぁ…、シュウ…」


「花子…好きすぎて辛い…お願い…」



本当に苦しそうにそう言われてもはや断る気も拒否する気も起きない。
嗚呼、シュウ…シュウは本当に私の事好きでいてくれてたんだ。



だからホントはすぐにでも抱きたいのを我慢してくれてたし
こうして好きと愛が溢れて苦しくて、私に助けを求めてきてくれてる…



嬉しい…
なんだか付き合い始めてようやく気持ちが通じ合った気がする。



「シュウ…あの、優しく…えっと」



「……………だから、煽るなって」



嬉しいけれどやっぱり男の人に抱かれるって言うのが少し怖くて
震えながらも懇願すれば長ーい溜息の後にぴんっと額を弾かれてしまう。



「優しくしてやりたいのに…そんな可愛い表情とか。…ねぇ花子、ちょっとは男の辛さも分かってくれよ。」



「?シュウ?…あ、」



言葉は不満なものなのに声色はどこか弾んでいて表情もさっきとは全然違ってとても嬉しそうな彼ががばりと覆いかぶさってきてしまって開始の合図。
ああ、なんだ…想いが通じ合って嬉しいのは私だけじゃないんだね。




ギシリとベッドが揺れて
ようやく名実ともに恋人同士になれた夜、ただひたすらに嬉しくて白く冷たい彼の体に縋り付いた。



彼へのクリスマスプレゼントにまさか自分自身を捧げることになるなんて思ってなかったけれど…とても幸せ。




シュウに襲われかけたときに少し潰れてしまった最初に渡すはずだったプレゼントがことりとベッドの隅から落ちてしまった。
後で渡したらシュウ…どんな顔をしてくれるかなぁ…。




なんて、もうそんな事を考える余裕もそろそろ無くなりそうだけれど。



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