【January 】anxiety
ひらりひらり
小さくて白いものが舞い落ちるのを部屋の中から覗き込む。
嗚呼、寒いと思ったら雪…
ひたりときちんと閉じられた窓に触れてみると当たり前だけれど外気の所為で冷たい…
そしてその冷たさですぐに思いだしてしまうのが自身の最愛の事で思わず顔を赤くしてしまう。
「シュウ…」
同じ冷たさならば私を愛してくれるあの冷たさがいい。
静かに舞い落ちる雪達はとても綺麗だけれど只地面へと落ちる様を魅せる彼らよりも
ぎゅっと包み込んでくれるシュウの方がいい…
「シュウ…シュウ…ぅ、う…」
急に込み上げてきてしまう涙に驚く余裕さえなくて
私はそのまま部屋を飛び出して足早にシュウの部屋へと向かった。
早く…早くシュウに会いたい。
どうしてだか今はそんな風にしか思えない。
「シュウ…、」
「花子…?どうしたこんな時間に、…と」
ノックも入っていいかのお伺いも立てずに彼の部屋の扉を開けて名前を呼んだ。
すると視界に入って来たのはいつも通りベッドで微睡みながら音楽を聞いていたシュウで…
私の姿を認識すると耳に入っていたイヤホンを取り外して微笑みかけてくれたのでたまらず何も言わないままその腕の中へと飛び込んでしまった。
「シュウ…シュウ…ふぇ…シュウ…」
「なんだよ…今日の花子は甘えたさん?」
ぐりぐりと彼の胸板に顔をこすりつけて何度も名前を呼ぶ。
シュウはそんな私に苦笑して優しく頭を撫でてくれて私が名前を呼ぶ度に沢山のキスを降らせてくれる。
嗚呼、良かった…シュウはここにいる。
「外寒いし…雪も降ってる。…淋しくなっちゃった?」
「…わかんない。でも…、シュウぅ…」
「さっきから花子は“シュウ”ばっかりだな。」
何処か壊れたかのように彼の名前しか呼べない紡げない…
淋しかったのだろうか…酷く寒い部屋で独り、大好きなこの腕に抱かれていないと言う事が。
きっとそれもあるけれど不安もあったのだろう。
吸血鬼だから体温というモノが存在しないシュウはいつだって雪の様に冷たい。
そんなシュウをいつの間にか雪と重ねてみていたのかもしれない。
そして彼を重ねていた雪が地面へ落ちてじわりと音さえ立てずにそのまま溶けて消えたのを見てしまって酷く心が動揺してしまったんだ。
ありえない事だと解り切っているのに…
もし、…もしシュウが私の知らない所でいつの間にか消えていたらって。
不安で怖くて悲しくて…
気が付けばこうしてシュウの存在を確かめる様に…溶けて消えてしまわないようにと
ぎゅうぎゅうと必死にこの冷たい体に縋り付いていた。
ひとつ
小さな溜息と短い電子音。
数秒後にふわりと暖かい風が頬を掠めて私の背中にシーツがかぶさる。
「シュウ…?」
「淋しがりで不安症な彼女を慰めてやろうって思って。…一緒に寝よ?」
おずおずと見上げれば困ったような嬉しそうな…何とも言えない表情のシュウが小さく笑って
そのまま私の体ごとベッドへと沈んでくれる。
片手で体を抱き締められてもう片方の手は私の手と重ねてぐっと少し痛いくらいに指を絡めてきてくれた。
そして瞳を射抜かれたまま囁かれた言葉はいとも簡単に私の涙腺を粉々に崩してしまうからたちが悪い。
「花子…大丈夫。俺はココにいるだろ?」
「う…ふ…っ…シュウ…しゅ、シュウ…」
「はぁ…今日は花子の口から俺の名前以外は聴けそうにないな。」
小さく笑って零れる涙を唇で掬ってくれるシュウに愛しさが溢れかえってまた涙が零れてしまう。
嗚呼、いつだってシュウに抱き締められている時は冷たいはずなのにとてもあたたかい。
気を利かせて部屋を暖かくしてくれているのもあるけれどそれよりも…胸。
胸が酷く暖かくなるんだ。
「…シュウ、えっと…」
「ああ、抱かれちゃうか期待してんの?…今日は抱かない。こうしてたい気分なんだよ。」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて指を絡められて彼の香りに包まれてふと思った事を口に出す前に言い当てられて顔に熱が集中する。
別に期待なんて…してないし。
でも…うん、今日は私もこうされていた気分。
ぎゅって強く抱き締めて指を絡めて大丈夫だよって…
ここにいるよって…消えないよって…
ただ、私を安心させてほしい。
「シュウ…すき、」
「………抱いてからやけに素直だよな。こんなんだったら早く抱いとけばよかった。」
「う、」
彼への気持ちがぽつりと漏れたら真顔でそんな事を言われてもうこれ以上は難しいくらいの赤面を見せてしまった。
違う…素直になったんじゃない。
シュウが本当に私を愛してくれてるって分かったから…
シュウの愛してるを信じようって思ったから…だから…
だから私もシュウへの好きを…愛を止めないでおこうって思っただけ。
それを素直って感じるならきっとシュウはこれからもっと出していく私のシュウへのすきと愛を目の当たりにしたときどう感じるのだろうか。
重いと感じるか…それとも気持ち悪いと引いてしまうだろうか…それとも
それとも、嬉しいって…言ってくれるだろうか。
「シュウ、すき…すき…だいすき」
「あーはいはい。…俺もだよ。」
その俺もだよが普段より声色が少し違っていたので
単純に私の好きに答えてくれた「俺もだよ」か、私の愛の重さに対しての「俺もだよ」なのかどちらなのだろうって思ったけれど…
きっと答えは後者なのだろう。
彼の瞳がそう言っている気がする。
ひらり、ひらり…
外では今も尚雪が静かに降っては溶けて消えている。
けれど私を抱き締めてくれている同じく冷たいままの彼は溶けずにこうして傍にいてくれる。
ねぇシュウ…どうか私の愛でも溶けて消えてしまわないでね?
暖かい空間の中
冷たい彼に体を委ねたまま静かに声にならない祈りを誰かに捧げる事無く
唇を使ってそっと同じ柔らかいソレに触れて静かに伝えた。
そっと離せばその愛おしい唇は「当たり前」と、
小さく…自信満々に形を作って声に出して言葉へと変えてくれたのだ。
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