【March】Mark of ownership


少し暖かくなって来たある日、心地よい気温にうっとりと目を細めてしまう。
過ごしやすくなっていたのでもうシュウの部屋も大袈裟な暖房は入らないし、彼の首からも私のプレゼントしたマフラーは外されてしまっている。



「………、」



冬の間特別だった空間と彼の首元がいつもの元通りなものになってしまってどうしてだか胸にぽっかり穴が開いてしまったような感覚に陥る。


そう…トクベツ…特別だったんだ。あの日々は。



酷く暖められたシュウの部屋は私の為だけのもので、彼の首元をふわふわと守っていたマフラーだってシュウは私のものって静かに主張出来ていたのに
それが春先になった瞬間、全て取り上げられたような気がしてとても悲しい。



「どうした花子…浮かない顔してるけど。」



「シュウ…えっと、あのね…?」




ふわりと後ろから抱き締められて私の表情が沈んでいる理由を問われて一瞬躊躇った。
だってこんな事…伝えたらシュウは私に幻滅するかもしれないって思ったから。
特別な空間と贈り物が見えなくなってシュウが私だけのモノじゃない気がしてしまうだなんて…



こんな酷い独占欲を剥き出しにして本人にぶつけてしまっていいものかわからない。
付き合い始めた当初はこんな図々しい事を思っていなかったのに…



シュウと愛しあい始めてからというもの、私の心は酷く醜くなってしまったのかもしれないと少し…泣きそうになってしまう。



もう、ただ純粋にシュウを好きでいるだけでは満足できないんだ…




「シュウ…あの、聞いてくれる?」



「ん、何…?」




只貴方を好きでいるだけで…愛してるだけで満足だったのに
私はこの短い期間で貴方を独占したいと、私で縛ってしまいたいとさえ思ってしまっている。
欲しい…私だけの貴方が欲しい。



なんて浅ましくて強欲なんだと自分でも思う。
思うけれどこの気持ちを止めることが出来ないのはこの期間で私を胸焼けがするほど甘く愛して慈しんだシュウの所為だ。



きっとシュウならこんな私の気持ちも受け止めてくれる愛してくれるって思えるくらい彼は私を愛に溺れさせて
独占欲が生まれてしまうまで酷く自惚れさせてしまった。



嗚呼、もうシュウと付き合う前の綺麗な心になんて戻れない。



震える声でゆっくりと私の心のうちを吐露していく。
シュウはなにも言わずにじっと私を見つめて言葉を受け入れるばかり。
どうしよう…もしかして嫌われる?
全部吐き出した後、シュウの目が見れなくて下を向いていれば頭上から聞こえる長すぎる溜息にポロリと涙が零れた。



あ…どうしよう
これ、もしかしなくても呆れられた?



やっぱりシュウは以前の綺麗な心のままの私が好きだったのだろうか…
もう全て吐きだしてしまった後だから後悔しても遅いけれど。



悲し過ぎて声だけではなく、体も小さく震え始めて
只々ずっと下を向いていれば不意にぽんっと頭に何かが乗せられた。
不思議に思ってようやく上を向けばその何かはシュウの大きな手で、その手の持ち主である彼は少し頬を赤くしてちょっと意地悪な顔をしていた。



「ねぇ、何でそんな可愛い事言うの?…花子だけの俺が欲しくてたまんないとか。」



「え、あ…、」



「花子にこんなに求められるなんて…たまんない。いいよ、あげる…全部あげる。」





そう言われるや否やぐいっと体を引き寄せられて彼の肌蹴ていた胸元へと唇を押し付けられてしまう。
何事かと思って離れようとしても後頭部を抑えられてしまっていてそれは適わない。



「ん…ぅむっ!」



「後で俺を所有する証でも何か買いに行ってやるけど…その間の応急処置な。…痕、つけて。」



「!」



彼の言葉が何を指しているのか瞬時に理解できたけれどそんな…恥ずかしくて無理だ。
幾らシュウを独占したいからってこれは…ちょっとハードルが高すぎると言うか何というか。




「花子の体にはもう俺の牙の痕が沢山ついてるだろ?でも…俺の体には何もついてないし…花子は人間だから牙ないし…だったらこれだろ。」



「ぅむー!むー!むー!!」



ぐいぐいと頭を更に押さえつけられて早くと急かされる。
確かに私の体には目立たないところだけれどシュウの牙の痕が沢山ついてしまっている。
治ったと思えばすぐに求められてしまうので完璧に消えることはない…ないけれど…
だからってシュウの体にその…痕…キスマークなんて無理無理!!



「ほーら、早く付けてくんないと何も買いに行けない。…それとも花子はこのまま俺を部屋に監禁しちゃうのがお好み?俺はそれでもいいけど。」



「………。」



「ふは…っ、今それもいいかもって思ったろ。いつの間にか俺は花子にすっごく愛されちゃってたな…嬉しい。」



ちゅっと髪にキスをされてしまいそんな台詞。
確かにシュウとこの部屋でずっと二人きりもいいかもなんて一瞬思ってしまった。
だってそしたらここは本当に二人だけの世界になるしシュウも私以外は見ないし本当に私だけのシュウになる。
でも…でも私はそれよりも…



「ん、んんっ」



「…っ、…何だ。俺とここで二人きりは不満だった?」



「…違うけど、」



ぢゅっと一大決心をして彼の胸元に思いっきり吸い付いて少しだけカリッと甘噛みをした。
ゆっくり固定されてい頭が解放されたのでそっと唇を離せば白い肌に小さく鬱血した赤い痕が一つ浮かんでいた。
そっと指でこそをなぞるとピクリと揺れる体にまた愛おしさが込み上げる。



「ここでシュウと二人きりで世界を閉じてしまうのもいいけど…でも…」



「でも…?」



私にされるがままのシュウの頬にそっと唇を押し当てて
大好きだよって伝える。
すると彼も同じく私の頬にキスをしてくれるから互いにふにゃりと顔がゆるんでしまって小さく笑い合った。



「私、シュウと一緒に色んな景色を見たい。一緒なら全部素敵な気がするの。」



「………花子、あんたってホント強欲。」




閉じた世界は本当に素敵。
シュウだけ、私だけ…互いに依存しあって壊れて崩れるまで一緒にいれるもの。
でもそれよりも…外で一緒に色んなものを見て触って心動かして…
そういうものの方が私は幸せなんじゃないかって、思う。



「シュウは…いや?」



「…んーん。俺も花子と色んな景色を見たい。きっと灰色じゃなくて全部鮮やかなんだろうな。…だるいけど。」



「…………最後が余計。」



ちょんっと額を弾くとぎゅっと目をつぶってしまったシュウが余りにも可愛かったので
思わず吹き出せば不満だったのかむすっとした表情でビベシッ!と強い力で同じく額を弾かれてしまったので「びゃ!?」と変な声が出てしまった。
さっきのシュウの言葉は何よりも深い。



灰色な世界…きっと私と付き合う前のシュウの世界は全て色がなかったのだろう。
ただひたすらに呼吸をしているだけの生きた屍だった彼が私と出会ってこうして愛しあうようになって「世界は鮮やかだ」と言ってくれた。
それだけでもう私はここに存在している理由が確立されてしまう。



自惚れでもいい…
それはきっとシュウが私を愛して…私に愛されてとても幸せだと言う事だと思いたい。




「シュウ、私もね…?世界が鮮やかだよ…輝いてる。」



「ん、ありがとう。…花子、愛してる。」



そっと胸元の赤を愛おし気に撫でて満足気に笑うシュウを見て既に先程の淋しい気持ちはすっかり消え去ってしまったけれど
シュウが言うように私が強欲で、自身が思っているようにもう綺麗な心ではない。
そっと彼の手を取ってぐいぐいと扉の方へと必死に引っ張っていく。



「ったく…そんなに俺を所有してる証、欲しいんだ。愛されてるな…俺。」



「………知らなかった?私、シュウの事表現しきれない位愛しちゃってるよ?」



「…っ!くそ…それは不意打ち。…行くぞ。」



普段なら彼のそんな言葉に顔を赤くして何も言えないのが通常だけれど
今日は少し頑張って顔は赤いけれどいつもシュウが言うように自分の気持ちを包み隠さずに言葉にすれば
びっくりする位顔を赤くしたシュウが小さく何かを呟いて先程まで私に引っ張られていたのに
形勢逆転と言わんばかりに先に彼が扉を開けてそのまま私を引っ張る形で部屋を出た。




「シュウ、シュウ…照れてるの?ねぇねぇ」



「煩い。ホラ、指輪でもネックレスでも何でも買ってやるからちょっと黙れ。」



「ふふ…っ、シュウ可愛い。」



「………くそ、」




ぐいぐいと私をひっぱる彼の顔は見れないけれど
耳がちょっと赤くなってしまっているのでもうそれだけで私の独占欲は満たされてしまっている。
だってシュウにこんな感情を抱かせるのって自惚れじゃなくて確実に私だけなんだと思うもの。
でも…やっぱり形のあるものもキチンと欲しいからもう十分だよなんて言わない。
この満たされた気持ちはいつだって感じていたいから。



「シュウ、指輪。指輪が欲しい。…黄色いの、シュウとお揃いが欲しい。」


「はいはい。ったく…まさか俺がペアリングするとは思わなかった。」




呆れたような言葉だけれど声色は酷く穏やかなのでシュウだってまんざらではないのだと思うとそれだけでも胸が高鳴る。
嗚呼、ホラ…外に出た瞬間見える景色全て、すごく鮮やかだ。




きっとシュウも同じように見えてるのだと思うと
本当に満たされてしまって仕方がない。



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