【May】Ending temperature


「ほら、花子は人間だから俺も人間社会の風習に習おうって思ってさ。」



「ここは習わなくていい。寧ろ習わないでよ。」



「いやいや俺は素晴らしいと思うぞこの五月病って奴。」



「シュウはいつだって五月病みたいなものでしょもおおおお!!!」




のしっ



今私は最愛のシュウに上から覆いかぶさられてしまっている…
というかこれは、乗っかられていると言った方が正しいかもしれない。


潰れる…いくらシュウがスタイルいい吸血鬼だからって身長は180cmなので体重が羽のように軽いって訳ではない。
このままだと私はぺしゃんこに潰れてしまう!!!



ぶるぶると必死に踏ん張って立っていたけれど
遂に限界を迎えた私の足はそのままへなへなと床に膝をついて先程私が危惧していた通りに潰れてべしゃりである。



何なんだいきなり…。



いつもの様にシュウの部屋にお邪魔するや否やこの状態だ。
せめて潰れるならベッドの上が良かった…床めちゃめちゃ硬いじゃないか痛い。




「シュウ〜どいてよ…重いいい」



「やぁだ。俺は今五月病ごっこの真っ最中なんだ。」



「何よ五月病ごっこって!!どうせ人間社会見習うなら就職とか残業とかすれば!?」



「……花子は俺を殺したい訳?」



上から降って来たすごく不満そうな声にビキリと青筋を立てる。
なんでそう極論に行きつくかな!?
って言うか吸血鬼は就職や残業すると死んじゃうような弱い生き物だったっけ!?




「しゅ、シュウ…もう無理…わたし、」



「……可愛い声出すなよ興奮するだろ。」



「どうでもいい所で興奮しないでよどいてよ馬鹿!!」



もう重くて苦しくて限界で…息も絶え絶えに彼にどいてくれと頼もうとしたのに
飛びぬけた言葉が返って来たので最後の力を振り絞ってじたじたと足をばたつかせる。



すると大きな溜息の後身体中を襲っていた圧迫感はなくなって、代わりに私の下の硬い床は少し柔らかいふにふにの彼の胸板へと変わっていた。



「…ど?もう苦しくない?」



「…体は苦しくない、けど…」



もごもごと言葉を濁してしまう。
確かにもうシュウに潰されていないから体は楽。



でも…うん。



今私とシュウの形勢は逆転していて、シュウが床、私が彼の上と言うとんでもない恥ずかし過ぎる態勢なので心臓の鼓動が早すぎて胸が痛い。
いや、確かにこんなこと以上の恥ずかしいことはしているけれどそれはそれ、これはこれと言うのが乙女心なのである。



「う、う、う…」



「?…ああ、ここ…痛いんだ。俺の所為?」



「!」



ちょんと胸元を突かれてしまって更に胸が痛くなる。
シュウは意地悪な笑みを作ったままそっと激しい鼓動の上に大きな掌を押し当ててくる。
そしてその瞳を静かに閉じて今度は穏やかに笑うのだ。



「ん…酷く激しいけど…俺は好き。…この音楽。」



「お、おんがく…って!」



「し…っ、黙って。…聞こえない。」



思わず出てしまった大きな声を咎められてしまい、慌てて口を閉じる。
暫くの沈黙の間、流れるのは自身の心臓の鼓動の感覚…
そしてそれを感じでいるであろうシュウの小さな笑い声だけ。



「しゅ、シュウ…あの、もう…」



「だーめ。もうちょっと聞かせて?きっともうすぐ聴けなくなるから…コレ。」




淋しそうな…でも酷く嬉しそうなそんな顔でそんな言葉。
それは私の【覚醒】を指しているのだと言わなくても分かる。
そしてその表情から、彼が本当に永遠に私と共にありたいがためにこの身体を造り替えようとしていると言う事も…



「シュウ…この音がなくなっても捨てないでね?」



「馬鹿…そんなのある訳ないだろ。花子に関してだけは怠くならないし面倒だとも思わない。…嗚呼、五月病知らずってヤツ?」



少しふざけたようにそう言われて私もおかしくて笑ってしまった。
そうか…いつも五月病の化身のようなシュウだけど私にだけはそんなの…ないんだ。



「なぁに?嬉しそうな顔しちゃってさ…」



「んー?ふふ…別に?」



彼の上で笑顔のままその胸へと擦り寄った。
重なり合った部分が冷たいシュウの肌と暖かい私の肌と温度が混ざり合ってまるでぬるま湯様に心地いいけれど
それももう過ぐ終わってしまうんだと思うと少し寂しい…



でも、この温度を手放すことで以前シュウが紡いだ懇願の言葉をかなえられるのだとしたら安いと思ってしまう私は末期なのだろうか。



キラリと照明の反射で照らされたペアリングの黄色い宝石が何だか「もう救えないね」と呆れているようで
私もシュウも一緒に小さく笑って唇を重ねて溶けあった。



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