【June】Rain and tears


「あれ、シュウ…?いないの?」



いつもの様に彼の部屋へと訪れて二三度ノックをしたけれど返事がなくて
きっとこれまたいつも通り眠ってるんだろうなと思って返事がない部屋の扉を開けて覗き込めばそこは意外にも無人だった。



シュウが何処かへ出かけるなんて珍しい…。
といっても私と付き合うようになってからこれでもよく外に出ていると本人は言っていたけれど私からしてみればまだまだダル男のニートだって思ってる。




「何処行ったんだろう………あ、」



部屋の主がいないけれど気になって中へと足を踏み入れてきょろきょろと辺りを見回す。
もしかしたら何処か死角な所で蹲って寝ちゃってるんじゃないかって思ったから…



けれどやっぱりシュウの姿はどこにもなくて、不意に窓から外を見つめていれば見覚えのあるふわふわ金色の髪が目に入った。
その姿を捉えた瞬間、私は弾かれた様にこの誰もいない部屋から勢いよく飛び出して走り出す。




どうしてシュウ、外にいるんだろう…
今日は酷い雨なのに、傘だって持っていなかった。




「シュウ!シュウっ!!」



早く彼を屋敷の中へと連れ戻さないと風邪を引いてしまうと慌てて自分も何も持たずに飛び出して
ざぁざぁ降り注ぐ雨の中彼の名前を叫ぶ。
確かここ…中庭辺りにいたと思うんだけれど…



「シュウ…何処…」



きょろきょろと辺りを見回しても誰もいない。
どうしよう…体に降り注ぐ雨が酷く冷たい。
こんなの、いつだって寒い寒いって言ってるシュウが耐えれると思わない。



辺りを走り回って必死にシュウの姿を探す。
その間も雨はどんどんと激しさを増していき、彼の名前を呼んでも全てかき消されてしまう位まで強くなってしまった。



「…!いた…っ!」



「………?花子…?って、あんたどうしたんだそんなびしょ濡れで…風邪、」



「それはこっちの台詞でしょ!?」



ようやく探し当てた彼は中庭の奥の奥の方で1人立ち尽くしていてじっと空を見上げていた。
そして私の気配に気付いて何処か虚ろなその目を見開いて私が言いたい言葉を先に言ってしまったので
少しばかり苛ついて声が雨音で聞こえないだろうから至近距離まで近づいて大きな声で喚く。




「どうしたの…っこんな、1人で…っ!」



「…ちょっと、泣く練習してた。」



「………え?」



意外過ぎるその言葉に間抜けな声をあげれば
シュウは不安げな表情だけれどそれでも笑ってもう一度空を仰いで言葉を紡ぐ。




「花子が…もし、覚醒できなかったら。ちゃんと泣きたいから、さ。一応…練習。」



「そんな、シュウ…私っ!」



「絶対できるなんて…言えないだろ?」




シュウとずっと一緒に居たい…それこそ永遠に。
彼が味わっている悠久の時と命を一緒に過ごしたくて…繋がって交わって愛し合ってる。
勿論それだけじゃない。それ以上にシュウの愛情を肌で感じたくて、私も彼への愛情を直接捧げたくて血を捧げ、肌を重ねてきてるけど…
でも…そんな事、シュウが思ってたなんて知らなかった。




「俺は今まで全部放棄して来てたからもしかしたら泣き方…忘れてるかもって、思ってさ。」



「シュウ…」



「そしたら案の定だ。花子がもしいなくなったらって考えても…苦しくて悲しくて辛いのに…涙は出なかった。」



「………、」



「花子、もし…もしあんたが壊れていなくなってしまったらその時はせめて涙の一つはくれてやりたいって思ったのに…」



「………馬鹿、」




降り注ぐ雨が彼の肌を伝って頬に落ちてそのままポタリポタリと地面へと消える。
…まるで泣けないシュウの代わりにと言わんばかりのその光景に私の胸はぐっと痛いくらいに締め付けられてしまう。



人間が覚醒するのは低い確率で…そのまま叶わず壊れてしまう率の方が高いのも知ってる。
でも私はそれを覚悟の上でシュウの傍にいたいと願っていたけれど…



私の体を造り替えようとしている本人がこんな不安がっているだなんて…全然考えてなかった。




そう、私は覚醒してもしなくても
いずれにしてもシュウの“所為”で人間である命を終わらせると言う事の自覚がなかった。




「シュウ、辛い?重い?…私を背負うのは…しんどい?」



「………わかんない。けど…ちょっと怖い。」



「そっか…」



ぎゅっといつも以上に冷え切った体を抱き締めてやると
おずおずと私の背中に大きな腕が回されたけれどいつものような力強さはなかった。




そりゃ怖いはずだ。
…だってシュウは一度自分の所為で大切なものを失っているんだ。




もう二度とそんな思いしたくないはずなのに
それでもこうして葛藤してでも私を傍に置こうとしてくれている…この事実が酷く愛おしい。



「花子…どうしよう。俺、もし花子が死んでしまっても何も捧げることが出来ない。」



「大丈夫…シュウ、大丈夫。私、今すっごく沢山もらってる。涙よりももっと素敵なものたくさん…」



高すぎる確率のエンディングに彼は私に何も捧げることが出来ないと嘆くけれどそんな事はない。
こんなに想ってくれてる…この想いがあれば正直私は今すぐにでも死んでしまったとしても最高に幸せだと思う…
けれどそれはあくまで「私は」だ。



「シュウ、これから泣く練習しようか。」



「………そう、だな。花子がいなく、」



「そうじゃなくて。」



私の穏やかな言葉に誤解を受けたシュウは悲し気に笑ったけれど
その言葉の途中を人差し指でむにっと遮る。
大丈夫。こんなにシュウに想われてる私が覚醒できないわけがない。
もし覚醒できないのなら彼の父親を脅してでも何度も時間を遡らせて成功するまで繰り返してやるんだ。



今日、シュウの想いと不安と言葉を聞いて私の心は更に強固なものへと変わった。
もうシュウを1人にしてしまう確率が、なんて思わない。
そんなの私が全部全部潰して無かったことにしてやる。




「私と一緒にいれて幸せだなって…そういう涙を流してほしいから。だから練習、しよ?」



「…………ん、」




安心させるように笑ってやれば彼も一緒に笑顔になってくれる。
ポタリ、彼の頬からまた雫が落ちた。



それが抱き締められている私の頬へと一直線に落ちて
感じる温度に笑顔はますます深く、幸せなものへと変わっていく。




「やれば出来るじゃない。」



「………ほんとだ。」




頬に伝ったのは空から降り注ぐ冷たいものではなく
ふわりと暖かい液体で…
久々に流したであろう彼のソレは幸せな感情が籠っていたような気がした。




大丈夫…私は絶対シュウを独りになんかしない。
こんなに私を愛してくれている人を置いて逝くだなんてそんな大罪許されるわけがないのだから。



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