11:月光
月がまあるい。
嗚呼、今夜は満月か…
ヴァンパイアは満月の日は特別喉が渇くのだと
以前ルキさんから教えて頂いた事がある。
だからそんな日は、逆巻の皆さんは勿論ルキさん自身にも近付かないよう忠告されたのだ。
―何をしてしまうか分からないから。
別に私ごときに気を使う事もないだろうにと思ったが彼がそうしたいのならば従うに越したことはない。
なので今日は一人でとぼとぼと廊下を歩いている。普段ルキさんと一緒に居ることが当たり前のようになっていたので何だか淋しいな、と、これではまるで少女漫画に出てくる乙女ではないか。
でも出来ることならあの優しい声を聞いて、綺麗な微笑みを視界いっぱいにしていたいと…そんなふうに考えている。
すると、突然女の子の叫び声が聞こえた。
何だろうか、その声は聞き覚えのある声だったので声のもとを辿っていくと、そこは静かな誰もいないはずの教室だった。
そっと開いている扉を覗いた瞬間、目の前に広がった光景に私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
「あ…っいや、やめて…!」
「…っやはり、お前の血は…んっ!格別、だな…っはぁ…」
聞き覚えのある声、クラスメイトの小森さんが
ルキさんの下で、血を吸われながら濡れた声をあげていた。
そして喉を鳴らし彼女の血を啜るルキさんに普段の穏やかな優しい雰囲気は無く、まるで獣のように荒々しく
それでいてとても艶やかで色っぽくて、まるで私の知っているルキさんは初めからそこに居なかったかのような感覚に襲われる。
そして、自分の胸の奥にドロドロと何だかどす黒いモノが侵食していく感じを覚えた。
何だコレ、何だコレ、何だコレ。
うまく息が出来ない。苦しい。
小さく息を吐くと、それに気づいたルキさんがギロリとこちらに視線を向けた。
瞬間、その獣のような瞳に私が映って彼はその眼を大きく見開いた。
「あ、…う…っ」
いつもお決まりの張り付けていた笑顔はどうするんだったか
うまいこと出来ない。それどころかますます息が出来なくなる。取りあえずどうにかしてこの場から逃げ出したい。
なのに、身体は震えるばかりで足に力が入らない。立っているのがやっとだ。
「花子…!」
ルキさんの声で弾かれた様に私はその場から全力で走って逃げだした。
走って走って走って、息が切れても走って
だけど自分の中に生まれたドロドロしたものは際限なく私を侵していく
私を愛していると言ってくれたルキさん
私を心配して涙してくれたルキさん
私の為に兄弟達にまで嫉妬してくれたルキさん
私の事を愛らしいと言ってくれたルキさん
ああ、嗚呼、アア…!
考えたくない。考えたくないのに、あの人との日々が鮮明にフラッシュバックする。
そして浮かんでくる醜い言葉達
私の事愛してるって言ったのに
どうして、どうして
彼女の方が良いの?
なんでなんで
やっぱり私なんてお遊びだったの?
酷い、嘘つき!
嗚呼、これは…
耳を塞いでも叫び散らす私の声は良く響く。
これは紛れもない嫉妬、醜い独占欲。
そして思い知らさせる。
いつの間にか私は、
こんな酷く醜い私を愛してくれたルキさんの事を
好きになっていたのだと
「好き。すき。スキ。
やだ、捨てないで。
離さないで、怖い。」
その場にへたり込んで涙を零し
ガクガク震える体を自身で抱き締める。
いつの間にか彼の前では自然に笑えていた。
彼の隣にいると幸せだと感じることが出来た。
嗚呼、でも―
彼は彼女の血を啜り恍惚の表情を浮かべていた。
彼女の方が綺麗
彼女の方が可愛い
彼女の方が血が美味い
彼女の方が彼女の方が彼女の方が…
ぷつん。
「…ははっ。」
私の乾いた笑いは、月明かりだけの
朧な闇の中に溶けてなくなった。
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