16:玉砕記念日
「クク…っ、やっぱアンタ連れて来て正解。退屈しない。」
「そ、それは…よかった、です?」
楽しそうなシュウさんの手を取ってつられて私も苦笑い。
今宵のパーティの主催者様のご子息に恥をかかせるわけにはいかない。
覚悟を決めて会場へと一歩足を進める。
健康的ではない私の白い肌と彼が用意した漆黒のドレスは皮肉にもいい具合にコントラストが強く、唇に惹かれた赤いルージュがより一層目立って、周りのヴァンパイアたちは次々にこちらを振り返る。
「照れてるのか…可愛い。」
「餌に可愛いとか。」
ふはっ、思わず笑ってしまうと
「アイツにも同じ事言われてるくせに何その反応。」そう言って少し不機嫌になった。
アイツとはルキさんの事だろう。強制的にシュウさんにここまで連れて来られてしまったけれど彼は今頃どうしているだろう。やはり彼女と、小森さんと絵になるようなダンスでも踊っているだろうか
それとも少しは…嫉妬でもしてくれているのだろうか。
無意識に視線で彼を探してしまう。彼と小森さんの二人きりの場面なんて見た瞬間気が狂うだろうに、それでも探そうとする私はよっぽど精神的マゾヒストなのかもしれない。
「アンタ、ほんっとアイツの事好きなんだな。」
「恐れ多いことに愛してますからねぇ」
完璧にエスコートしてくれるシュウさんに苦笑。いつも眠そうなのに今日は格好いいですねと口にしたら俺はやればできる男なのと不敵な微笑みと共に返された。
瞬間、聞き覚えのある声が端の方で聞こえた。
「え!?花子ちゃん!?何で逆巻さんと…う、嘘でしょ!?」
どういうこと!?と、軽くパニックになっているであろう彼の声は他のヴァンパイアたちの談笑の声にかき消された。
「ああ、そうか…アイツのところの他の兄弟も来ているのか。」
「コウさんはきっと格好良くタキシードも着こなしてるんでしょうね。ユーマさんは…想像できないです、ふふっ。アズサさんは今日は自傷、してないといいなぁ」
そして、きっとルキさんは誰よりも格好いいのだろうなぁ。
そんな事を考えている私を黙ってみていたシュウさんが不意に頬に口付けを落としてきた。
驚いてそちらを見ると、何を考えているか分からない彼の瞳が揺れていた。
「今からスピーチ行ってくる。だるいけど。アンタはおとなしくここで待ってて。」
言われるがままに会場の端の方で、柱にもたれ掛りおとなしくしていると
暫くしてから、逆巻兄弟の声が響き渡り始めた。そして今はあまり聞きたくない声が私の名前を呼ぶ。
「花子ちゃん…」
「…どうしたんですか、小森さん。素敵なレディがパートナーを置いて1人でこんな所にいてはいけないですよ」
「あの、」
「ふふっ…とっても可愛らしいですね。そのドレスはルキさんが選んだんですか?」
彼女はとても綺麗な純白のドレスを身に纏っていた。
まるで正反対だ。とても可愛らしくて美しい。ああ、全部私にはないモノだ。
「ルキ君が…言ってた。」
「…何をでしょうか。」
首を傾げて彼女の言葉を待つ。
何を言ったというのだ。もう私はいらないとでも言っていたのだろうか
飽きた、とか、面倒くさくなったとか。
「花子ちゃんを、パートナーに選ばなかったのは…危険だからって。吸血鬼だらけの中に一人人間である貴女を連れていきたくないって…。貴女は……とても綺麗だから、って」
…ん?意味が分からない。
綺麗とか。さきほどだって彼らが私を見ていたのは衣装に着られている滑稽な人間である私を笑っていたからだろう?
しかし、そんな考えをぐるぐる脳内で巡らせている私をよそに小森さんは言葉をつづける。
「けど、それで逆に貴女を…花子ちゃんを傷付けたって…今の自分に貴女をシュウさんから連れ去る資格はあるのかってルキ君、すごく苦しそうで…!だから…!」
「…そうですか。」
尚も言葉を続けようとする彼女を遮って
その手を取り、先程来た道を戻るように促す。
「さぁ、そろそろスピーチが終わります。ダンスの時間ですよ。早くルキさんの所へ戻ってください。」
「でも…っ!」
「嗚呼、きっと綺麗な絵になるんでしょうね、小森さんとルキさん。楽しみにしてますね。」
「花子ちゃ…っ!」
トンっと軽く押してやり、
私は彼女の背中を見送った。
「行けばよかったのに。」
「ふふ、主賓のご子息に恥をかかせて私を殺す気ですか?」
後ろから呆れたような声がしたので振り返らないまま返事をした。
間もなく優雅な音楽が流れ始めて、それがダンスの合図なのだと知る。
そして先程背中を押した彼女の姿を捉える。
直ぐそばには愛しい人が彼女と距離を詰めて美しく踊っていて周りは皆その二人に見惚れて感嘆の声をあげている。
「嗚呼、やっぱり絵になるなぁ…素敵ですね、シュウさん。」
白いドレスの彼女に、黒いタキシードの彼。
真っ赤になりながらも彼に身をゆだねている彼女は本当に愛らしい。そしてそんな彼女を優しく力強くリードしている彼も本当に素敵で
「ん」
私も見惚れていると隣にいた彼がその綺麗で大きな手を差し出した。
「踊る。」
「え、シュウさん…私なんかと踊ったら恥ですよ。」
彼の手をとらず、困惑の表情を浮かべていると
おかしそうに笑ってその手で、強引に私の身体を手繰り寄せ、軽くステップを踏み出す。
「アンタ、自分の姿鏡で見たことあんの?」
「え、」
ステップは徐々に激しさを増し、周りからざわめきが聴こえだす。
くるくると彼にリードされながら踊る私をぐいっとさらに抱き寄せて、鼻がぶつかり合う位顔を近付け、そっと唇を指でなぞり浮かべる笑みはまるで獣のよう。
「ムカつくくらい、綺麗なんだけど?」
その瞳は笑っているのに何処か悲しくて寂しそうで何を考えているのだろうかと、彼の瞳を自然に追いかけてしまう。
「そうだ…今はそうして俺だけを映してればいいさ。」
「シュウさん?」
「今夜は俺の玉砕記念日だから」
諦めるとかは面倒だからしないけれど。
そう言って絡められた指先はひんやりしていて
離さないでと懇願されているようだった。
「嗚呼、小森さんと踊るルキさん格好良かったなぁ」
「…」
「皆の視線釘づけって感じで、絵になってました。」
「…花子、」
「…ふふっ」
バツが悪そうに視線をそらす彼は未だに私を抱き締めたまま離さない。
パーティが終わった後彼はすぐにシュウさんから私を引き離しアイツの匂いがすると不機嫌な声でそう呟くと抱き締めて何度も何度もキスをしてきた。まるで彼の存在を私から消し去るように
「ぜーんぶ小森さんから聞きましたよ。」
「…そうか。」
「ルキさんて、私の事に関しては過保護ですよね。」
「当たり前だ。というかお前が自分を過小評価しすぎなんだ。」
眉間にしわを寄せる彼を見て、ツンとそこを指で触れると小さく身じろいですぐに表情を緩めてくれる。
ああ、愛おしいなぁ。そんな彼だから少しだけ、意地悪をしたくなった。
「私にシュウさんの匂いが着いてるって言いますけど、ルキさんにだって…」
「…、」
「ついてます、よね?」
言葉に詰まる彼を見てまたふふっと笑ってしまう。私の事を思って取った行動だろうけれど、彼にふわりと女性の香水の香りが着いているのは事実だ。
きっと今の彼の頭の中は罪悪感でいっぱいなのだろうな。ぼんやり考えを巡らせているとふと目に留まる一輪の華。
「花子?」
「嗚呼、イマドキのイケメンさんは可愛らしいなと思って。」
私の言葉の意図を掴み切れていない彼にもう一度笑いかけると逃がさないと言わんばかりに唇に噛み付いてきた。
ルキさんに連れて行かれる直前にそっと彼が手渡してきた華。
そんな彼の自己主張が少し可愛らしいなと思ったのは内緒の話だ。
“俺は別にアンタがアイツのものでも関係ない。”
囁かれた言葉がリフレインする。
不思議な事にルキさんといいシュウさんといい
ヴァンパイアというのは揃って女の趣味が悪いらしい。
月夜にふわり、黄色の薔薇が一輪揺れた。
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