19:恋愛相談室
「…まさかの、」
「俺は最高に幸せだけど?」
「…いやいやいやいや。」
相変わらずのんびりとした口調の彼の言葉に
ふるふると首を横に振る。この寒い真夜中の資料室に私と二人きりとかとんでもない不幸ですよ。
教師に頼まれ複数の資料を片付けに此処に訪れたのはいいけれど何の手違いか、ガチャリと外側からカギをかけられてしまったのだ。
…存在感なくて申し訳ありません。
困った事になってしまい、小さくため息をつけばどこからかもぞもぞと何かが動く音がして
そちらに視線を移動させてみるといつかの黄薔薇の彼。
「どうしてこんな所にいたんですか?シュウさん」
「ココ、静かだろ?…だから気持ちよく眠れるかな…って、…ふぁ…」
「快眠のお邪魔をしてしまって申し訳ないです…」
思わず苦笑。
そう言えば彼は所かわまず眠っているイメージしかないなぁ。
そんな事を考えていると不意に、ふわりと何かが私を包み込んだ。優しい香りは隣の彼のものだと気付くのに、そんなに時間は必要なかった。
「ホントはさ、抱き締めて温めてやりたんだけど俺は体温がないから…これで我慢して、な?」
「や、あの、大丈夫なんで。シュウさんの方が凍死しちゃいますから…」
「アンタ人の話聞いてた?俺はヴァンパイアで体温がないの。コレ位どうって事無いさ。」
かけられた彼の上着を握りしめて返そうとするけれど、それは先程の台詞の通り体温のない彼の冷たい手によって阻止されてしまった。
ホント、どうして彼はこんなにも優しいのだろうか。
「そういえば…」
「え…?」
ふと何かを思い出したかのようにシュウさんはじっと私の顔を覗き込む。
…近い。近すぎますよシュウさん。
思わず目線を逸らそうとするも、彼の両手が私の頬を掴みそれを許そうとはしない。
「アンタ最近元気ない。…何かあった?アイツに苛められた?殺す?」
「なんでそう極論にいきつくんですか。別に…苛められてませんよ。」
「じゃぁなんでそんなに苦しそうなの。…言って、花子。」
有無を言わさないその言葉とは裏腹に瞳はとても悲しそうで私は困惑してしまう。
どうして貴方がそんなに悲しそうな顔をするんですか。
「花子…?」
「あ、の…少し、…ほんの少しだけ…不安、で」
もう一度と名前を囁かれて私は観念して彼に自身の胸の内を打ち明ける。
優しく諭すような声に逆らえるほど私は強い精神を持ち合わせていなかったし此処は誰もいない資料室だ、彼以外に聞かれてしまう心配はないだろう。
ぽつりぽつりと話し始めると
彼は何も言わずにじっと私の瞳を見つめながら話を聞いてくれる。
変わってしまった私はあの人に愛されるのだろうか
あの人は変わる前の私が好きだったんじゃないの?
血だって…
じゃぁ私は一体どうすればいいのか…
堂々巡りで結論のない私の悩みを一通り聞いた彼は大きくて長い溜息を一つだけついて
わしゃわしゃと乱暴に私の頭を撫でる。
「シュ…シュウさん?」
「いいか、花子?今から俺が言うのは別にルキをかばう為じゃない。
お前に良い人って思われたいが為の俺の点数稼ぎだ。分かったな?」
「え、…あ、はい…?」
点数稼ぎとは?
ちょっと彼の言葉を理解できないでいたが、少しだけ不機嫌な彼は私に言い聞かせるように、けれど少し腹が立っているのか心なしか早い口調でまくしたてる。
「別に、アイツは壊れてようが壊れてなかろうがお前を愛してる。最初は確かに壊れたお前がキッカケだったかもしれない。
…けど、今のアイツはホント、花子しか眼中にないみたいだし…見てたらわかる。いつだってお前を目で追ってるしな。」
…まぁそれで俺と目が合って大体ケンカしてるけど。
そんな言葉をつけたしてにっこり微笑んでくれた彼はとても優しくて思わずボロボロと泣いてしまった私を見てまたおかしそうに笑う。
「かわいい…」
「うぅ…さむいよー。」
「ふふ…我慢して?襲われないだけ、ありがたいと思いなよ。」
気が付けば我慢の限界と言わんばかりにぎゅうぎゅうと彼に抱き締められていて、じたじたと暴れてみるものの強い力に逆らえるはずもなく、私は苦し紛れに寒い寒いというけれど
シュウさんはお構いなしに嬉しそうだ。くそう、可愛いなぁ
と、そんな時扉の方からとんでもなく大きな音が聞こえたかと思えば瞳も髪もオーラも真っ黒な彼の姿。
…出来ればオーラだけは真っ黒でいてほしくなかった。
「…俺の花子に何をしている逆巻の長男よ。」
「アンタ空気読みなよ。親父の用事につきっきりで花子がこんなにも淋しがって不安がっているのに気付かなかったアンタが悪い。今から花子を慰めるから…邪魔しないで。」
「…っ、お前…!」
ルキさんの姿を確認すると、むすっと再び不機嫌顔になったシュウさんは彼に見せつけるように私を抱き締める腕にさらに力を込める。
…?親父?と、言う事はここ最近ルキさんが忙しかった原因のあの方って言うのって…
そんな事を考えていたらふわりと宙に浮かぶ自分の体。じわじわと体温が上昇するのがわかる。確かやめてくれと、以前も言ったはずなのだが…
「あ、の…ルキさ…これ…ホント…無理なんで…!」
「煩い黙れ逆巻シュウに好き勝手させたお前が悪い」
「何、俺から花子奪って姫抱き?…騎士気取りかよ…うっざ。」
ゴチン!
すごい音がしたかと思えば私の頭の上で両家ご長男が額をぶつけ合って恐ろしい形相で睨み合っていた。え、何これホント怖いんですけど。
「申し訳ないが花子に関しては騎士なんかで終わるつもりはない。そうだな、王子にでもなってやろうか?」
「お前はそんな器じゃないだろ。まぁそうだな…それでも王子になりたいって言うなら魔王にでもなって生意気なクソ王子でも潰してやろうか?」
そんな二人とじっと見守っていると
シュウさんが私の視線に気付いたのか意地悪な表情を浮かべて不意に私の唇を奪った。
「!?貴様…!」
「相談料。確かにもらったから」
ゆっくり触れ合った唇を離されてそこを指でなぞられてくすぐったくて瞳とギュッと閉じると
おかしそうに笑う彼の声。
そしてついに堪忍袋の緒が切れたルキさんが思いっきり彼を蹴飛ばすと彼はまた小さく笑った。
「次、花子を泣かせたら…今度はちゃんと俺がもらうからな。」
「言われなくても誰が泣かせるか!」
大きな声で叫んだルキさんは私を抱えたままシュウさんを残して資料室を飛び出した。
後ろからシュウさんが「ばーか」と笑いながら呟いたが彼はその言葉に振り替えることはなかった。
「あ、あの…ルキさんそろそろ降ろして頂けませんか?」
「駄目だ」
…これはかなりご立腹だ。
先程から眉間の皺が半端ではない。歩く速度は心なしか早い気がする。
ああ、どうしたら彼のご機嫌は治るのだろうか…?
悶々と解決策を模索しているとピタリと彼の歩く足が止まり、何事かと思い彼を見上げると、にっこりと優しい笑顔。
優しい笑顔なのにもかかわらず今までの事を思い返せばもはや嫌な予感しかしないのはどうしてか。
「なぁ花子…?」
「は、はい…」
未だにその微笑みを絶やすことはない。
…ないのだが、ぞわりと私の背中には悪寒が先程から走って収まらない。
「消毒、必要だと思わないか?」
「え、ちょ…ルキさ…ま…ってっ、んぅ…!」
制止する私の言葉なんて聞くはずもない彼は
それからもう数えるのが億劫になる程沢山のキスを私に降らせてきた。
それは数日間会えなかった分を補うのとシュウさんに奪われた唇を取り返すような熱くて激しい口付けで、私はもう何も考えることが出来ずに只々彼の腕に縋り付くしかなかったのだ。
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