31:愛を知らないピエロ
気に食わない。その幸せな表情。
全部壊してやりたくなるよ。
愛とか信じている顔は本当に腹が立つ。
僕でさえ理解しきれていない感情を君如きが手に入れているというの?
それは生意気な話だ。
だったらいつも通り壊してあげよう。
僕の重みのない言葉にさえ酷く動揺する君なんだからその薄っぺらな愛とやらは脆くてすぐバラバラになるだろう。
虫唾が走る。
僕が手に入れることが出来なかったものをやすやすと手に入れた君もルキも。
そもそも自身を愛することが出来ないくせに他人からの愛情を一身に求めるだなんて自惚れるなよ。
今ここで必死にルキの愛を信じようとしている花子ちゃんを無理矢理抱いてしまってすぐにでも壊してやってもいいけれど
それじゃぁ僕の気が収まらない。
幸せごっこの代償はもっと高くつくものだ。
彼女の首筋に唇を落として小さな赤い呪いのような痕を付ける。
これた単なる罠だけれどきっと独占欲の強いルキの事だ、すぐにでも花子ちゃんに酷い事をするだろう。
君はそんな彼を見て僕の言葉と合わさって絶望するんだろうね。
そして最後は…
適当な言い訳を言い放って彼女を音楽室から放り投げる。
さぁ、悲劇の始まりだ。
間もなく、ルキと花子ちゃんの言い争う声が聞こえる。
とは言っても一方的に怒っているのはルキの方だけれど、そして逃げていく軽い足音。
ああ、始まった。これで終わりだ。
歯車って言うのは一度外れてしまったらもう後は止まらない。
きっと彼女はこのまま自らの命に終止符を打つのだろう。
そしてルキはそんな彼女の死に永遠に囚われて生きていかなければならない。
「あーもう…たまらないよぉ」
僕の独り言は虚しく教室に響き渡る。
愛だなんて生ぬるい事を言っているからこうなるんだ。君達には絶望って言葉の方が良く似合う。
暫くしてから小さな舌打ちと駆けていく足音に苦笑。
もう、間に合わないさ。
ルキは頭で考えてから動くタイプだから彼女の衝動的な行動を止める時間なんて初めから持ち合わせちゃいない。
どれだけ足掻こうか結末は見えてる。
「さようなら、花子ちゃん」
彼女への鎮魂歌だと言わんばかりに悲しい音色を一つ、ポーンと送る。
きっと数秒後にはグロテスクな音と生徒達の悲鳴でにぎやかになるのだろう。
楽しみでいつもの様に「んふっ」とおどけて見せるけれど一向に騒音はやってこない。いつまで経っても静寂だけが支配する。
不審に思い、音楽室の窓を開けて下を見ていみれば信じられない光景。
「………嘘でしょ、」
彼女を、花子ちゃんを抱いて肩で息をしているのは紛れもないルキだ。
まさか、あのルキが頭で考えるより本能で動くだなんて考えられなかった。
此処は学校だ。なのにそんなのお構いなしといったように彼の身体は今宙に浮いている。
へぇ、花子ちゃんってルキにそこまでさせる存在なんだ。
ゾクリ。
何かが僕の背中を走り抜けるような感じがして
一つ冷や汗をかきながら口角を上げる。
「いいねぇ…ソレ、」
ルキがこちらを睨み上げる。
それはもう恐ろしい形相で。
ああ、どうやら事の真相がバレてしまったようで、僕は彼に張り付いた笑顔でヒラヒラと手を振りぴしゃりと窓を閉める。
「ライト」
瞬間背後から普段は聞く事のない威圧的な声色に僕はため息。
ああ、そう言えば僕の兄弟にもいたっけ1人、彼女を愛しているという愚かなお馬鹿さんが。
くるりと振り向いて悪びれもなく笑えば長い溜息。
ああコレ、もしかしなくてもボク殺されちゃうんじゃない?
「ちょーっと苛めすぎちゃった。」
「お前のせいでまた俺が入り込める隙間がなくなっただろ…」
「は?どういう意味だよ、シュウ。」
面倒そうに頭を掻きながらぼやく彼に首を傾げる。するとシュウは僕を見下しながら不機嫌顔。
「だからお前はお子様なんだ」
「何ソレ」
彼の言葉が理解できなくて、今度は僕が不機嫌顔だ。そんな僕を見て小さく息を吐きガスっと鈍い音を立てて頭にげんこつ一発。
「いいい痛ったぁぁぁあ!」
「話の先を読めないのなら俺の邪魔をするな、馬鹿。」
「だってムカツクじゃないか…餌のクセにさぁ」
唇を尖らせてそう呟けば返って来たのは苦笑。
そして不意に背中を向けて扉に手をかける。
「それは俺も同意だ。せめて爆発くらいはしてもらいたいもんだな」
「さっきから意味わかんない。」
どうやらシュウには今回の事の結末が見えているようで、それが面白くなくて小さく舌打ちをする。
1人ぽつんと残されて胸の辺りがもやもやしてしまいその苛立ちをぶつける様にピアノの鍵盤を打ち付ける。
「あーもう、なんなの。」
らしくない行動をするルキも、そんな彼を黙ってみているシュウも理解不能だ。
そしてこんなに胸がもやもやしているボク自身に更にイライラする。
「ホント、訳わかんないし…」
小さく呟けばその声は部屋に溶けて消えた。
多分自身のこのイライラの正体は知っているのだろうけれど認めたくはない。
「この僕が嫉妬…ねぇ、」
自嘲気味に笑うけれどそれはもはや確信で。
愛を知らない僕は、同種が愛に溺れているのを見てきっとずるいやって思ってるんだろう。
子供っぽい嫉妬だけれど本当にイライラしたんだ。幸せそうに笑うルキも花子ちゃんも。
「愛、かぁ…」
いつか僕も知ることが出来るというものなのだろうか。
親にさえ愛される事のなかった僕が、そんな感情。
結論の出ない考えは面倒でいつもの様にぽいっと思考の外側へ追いやった。
ああ、だから僕は結局いつまで経っても救われない。
悩み、苦しむことから逃れる者に幸せなんて訪れるなずなんてないのだから。
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