37:理由
結局あの後いくら考えてもシュウさんが私に優しい理由は分からなかった。
けれど、いつか…いつか彼から話してくれればいいなぁなんて考えてしまっていた。
「随分と生意気になってしまった」
小さな独り言が響く。
以前なら誰かにこうやって求める事もの、誰かに何かを返したいなんて事も思いもしなかったのに…
この短い期間に私の世界は劇的に変化している事を思い知らされる。
こんな何も価値のない私を愛してくれる人がたくさんできた。
シュウさん、コウさん、ユーマさん、アズサさん……ルキさん。
みんな私にはもったいないくらい素敵な人なのにとっても暖かくて
いつもじわりと胸が熱くなる。
「しあわせ、か」
多分こういうのを幸せって言うんだ。
勿体ないその感情は私の両手から零れるほど沢山あって
いつの間にか張り付いた笑顔の作り方を忘れてしまうほど自然に笑う事が多くなった。
「………あれ、」
そんな事を呟いて廊下を歩いていれば目の前にふらふらとおぼつかない足取りで歩いている小森さんを発見する。
この前も貧血で辛そうだったのに今日もか…本当に大変だなぁ。
そう思って見つめていれば彼女の足が絡まった。危ない、そう思う前に私の身体は反射的に動いてしまっていて…
ゴンッ!
「!?え…嘘!花子ちゃん!?」
「あたた…大丈夫ですか?お怪我は?」
壁にそのまま激突しそうな彼女を庇って代わりに私が盛大に頭をぶつけてしまった。
取りあえず彼女にはけがはなさそうだ。
少しホッとしていたらどうしてか小森さんは顔面蒼白。
ああ、もしかしてそんなに貧血が酷いのか。
「とりあえず保健室、行きましょうか。」
「う、うん!そうだね!!」
私の言葉に足早に保健室に向かう彼女につきそう。
そ、そんなに保健室に行きたかったのか…
そのまま彼女をほったらかしにしてまた倒れてしまっては大変だから取りあえず彼女の肩を抱きながら庇うようにして歩く。
「し、失礼します!あ、あの先生!花子ちゃんが!!」
「は?あの…私ではなく彼女です。宜しくお願いします。」
訳のわからない台詞を盛大に叫び散らかす彼女に首を傾げながら
そのままの勢いでぐいっと彼女を先生に差し出して足早にその場を後にした。
扉の向こうでぎゃんぎゃん黄色い声と慌てる先生の声が聞こえた気がしたが…まぁ別にいいか。
「?…あれ、」
グラリと視界が揺れた。
どうしたんだろうか、風邪でも引いたのか…いや、そんな急にこんなのはないだろ。
すると頬に何かぬるりとした感触。
どうしたのかと思って指をそこにあてがってその正体を確かめて小さなため息。
「あー…」
どうやら小森さんと先生が騒いでいた理由はコレのようで…
頬に伝う血を見て苦笑する。
別にこれくらいどうって事無いのになぁ。
「花子ちゃん!!」
後ろから一生懸命追いかけてきたであろう小森さんがぎゅっと私に抱き付いた。
そして今にも泣き出しそうな顔で私を見つめる。
「はやく!早く保健室戻ろう!?」
「なんだか、釘みたいなのが出てたみたいですねぇ…小森さんにお怪我がなくて良かったです。」
心のままに笑ってそう言えば小森さんの顔が酷く悲しげに歪む。
どうしたんだろう…もしかして私じゃ庇いきれなかったのだろうか。
「花子ちゃんは…花子ちゃんはおかしい!!!」
「小森さん…?」
遂に泣き出してしまった彼女をあやすように抱き締めて背中を撫でてやれば
何度も何度も私の胸をポカポカと殴ってくる。
ああ、どうしたというんだ。
もしかして何か彼女の気の障る事でもしてしまったのだろうか…
「どうして!?こんな目に遭ったんだから私を責めてもいいのに…!なんで私の心配なんかするの!!」
「?それは小森さんが私なんかより、」
「家畜の意見に俺も賛成だな」
私の言葉を遮ったのは酷く怒ったような低い声で
チラリとそちらを見てみれば声同様怒りを前面に出した彼が立っていた。
「ルキさん?」
「話の途中で申し訳ないが花子を借りていく」
有無を言わせないまま私をそのまま小脇に抱えてしまったルキさんは足早にその場を後にする。
向かう先はどうやら保健室のようで…
「…花子、どうして俺が怒っているか分かるか?」
「えっと、」
長い沈黙の後彼はそう言葉を紡ぐ。
私の頭は彼の手によって手厚く何重もぐるぐるに包帯が巻かれてしまっている。
…正直彼の怒っている理由が分からない。
どうしてそんなに怒っているんだろうか。
小森さんには怪我ひとつなかったし…なにが、なにが…
「えっと、小森さんを泣かせた…から、ですか?」
「………はぁ、」
どうやら私の答えは不正解だったようで
彼はとても長い溜息をついてギロリとこちらを睨む。
「家畜を庇った理由を言ってみろ」
先程彼に遮られてしまった言葉を促されてしまい
私は何の戸惑いも感じず当たり前の様にその理由を話す。
「私なんかより小森さんの方が大事だから」
「ほう…?」
その言葉に彼は小さくそう呟いて徐に私の身体をベッドへと放り投げた。
そしてそのままギシリと音を立てて私に覆いかぶさる。
その瞳はいつもの彼ではなくとても冷たくて思わず体をこわばられてしまう。
「なら…花子は自分より大切な俺にこう言う事をされても何も文句を言わないのか?」
「ルキさん…?」
静かに私の首を彼の綺麗な指が伝う。
冷たい感覚にぎゅっと目を瞑ればそのままぶつりと首筋に牙を立てられてしまう。
「んゃ…、ル、キ…さ…あっ?」
突然の事で驚きパニックを起こした私はそのまま必死に彼を突き放そうと抵抗してしまうが
それも虚しく両手を彼に捕えられてしまう。
「逆らうな」
「あっ、あっ、あっ…!」
低く、とても低い声で耳元で唸られてしまい
そのまま勢いよく血が彼の牙に寄って吸い上げられてしまう。
どうしたんだろう。こんな事初めてで、戸惑ってしまう。
別に彼に吸血されのるが嫌って訳じゃない。
寧ろ嬉しいけれど…けれど、どうしてか…どうしてか…
「う、ふ…っ、ふぁ、」
これは…これは嫌な気がする。
なんだか…一方的な、うん、いうなれば単なる食事。
いつもように私に体を気遣ってくれるような彼ではない。
遂に泣きそうになってしまえばようやくずるりと体から牙が引き抜かれる。
酷く吸われてしまったからか体に力が入らない。
ベッドに沈みっぱなしの私の頬を優しく撫でてくれるルキさんはようやくいつも通りの彼で
それが酷く懐かしく感じてしまって必死に顔を動かして彼の手に頬を寄せる。
「花子………、」
「ルキさん?」
何か言いたそうな顔をしていたが彼はぎゅっとその唇を噤んで
私の血で濡れた唇で私のそれを塞ぐ。
「花子…俺が怒っている理由、考えておけ」
それだけ言えばルキさんはぴしゃりと扉を閉めて何処かへ行ってしまった。
身体が動かないままの私はそのまま放置されてしまい、ぽつんと1人頭に疑問符を浮かべる。
…ルキさん、何を怒ってるんですか?
その理由を理解するまでどうやら私はずっと彼を怒らせたままのようで…
酷い焦燥感が私の胸を襲う。
やだ、いやだ。
嫌わないで、ルキさんお願い、何でもします。
私なんかが出来る事なら何でもします。
だから、だから…
「きらわないで…」
ポタリ、涙が一筋零れて私の言葉は部屋に溶けて消えた。
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