60:雨とバスルーム


しとしと
雨が静かに降る。


暖かな気温も心なしか下がって、傘をさしていても時々冷たい雨水が頬に触れる。
そして触れる場所から根こそぎ体温を奪っていくこの感覚は少し苦手だ。



「ルキさんならいいのになぁ…」



ぽつりと自然と零れてしまった自分の言葉に一人きりで赤面してしまう。
同じ体温を奪われるのでもこの悲しげな雨じゃなくて彼の手や唇ならいいのにと、反射的に考えてしまう私の脳内は少しおかしくなってしまっているのかもしれない。
ぶんぶんと首を横に振って気を引き締めて少しだけ歩く速度を速めた。


何だか彼の事を考えたら本物に会いたくなってしまったなんて…私はどこまで図々しくなれば気が済むのだろうか。





「お風呂…ですか?」



「そーだよ!そんなずぶ濡れじゃ風邪ひいちゃうもの!!早く入ってきなよ!!今すぐ!!今すぐにだよ!!!!」



相変わらず通常運転かの如く無神家にお邪魔してみれば
今日はお仕事がお休みなのかコウさんがなんだか普段より五割増しの黒い笑顔で微笑みながら
私のグイグイと無理矢理お風呂場へと誘導してくれる。
ええと、そんなに濡れていないとは思うのですが…



けれど彼はどうしても今すぐ私を湯船に浸からせたいらしく
何故かコソコソとお風呂場の扉を静かに空けてそっと私の背中を押したのだ。



「着替えはとっておきのを用意してあげるから精々温まってきてよ!……いろんな意味で。」



「え?ちょ…コウさ…まっ」



彼の言葉の半分がよく分からずに聞き返したかったけれど
そのまま扉を閉められてしまい、小さく息をついて彼のおすすめ通りお風呂を頂戴することにした。
確かに少しだけだけれど濡れてしまって寒いし、髪も濡れている。



入浴の準備をして何の考えもなしに風呂場へ入ると
私はその目の前の光景にとんでもない眩暈を起こしてしまう。




「…………は?」



「る、るきさん…?」




……………




カポーン




「どどどどどう言う事だ花子貴様ぁ!本格的に血の味を変えられたいのか!!というかお前は俺を聖人か何かと勘違いしているのかいい加減にしろ!!」



「ちちちち違うんです違うんですこれはあのあのあのコウさんが今すぐお風呂に入れとあのあのああああああ」




数秒の沈黙と静止の後私とルキさんは互いにパニックを起こしてお風呂場で大きな声をあげて叫んでしまった。
そして暫く互いにぎゃんぎゃんと叫びあった後に再び訪れる気まずすぎる沈黙を打ち破ったのは彼だった。



「ええと………入るか?寒いだろう。」



「そ、そう…ですね。」





…ええと、どうしてこうなってしまったのだろうか。
今私は湯船に首までしっかり浸かっている。
そして後ろにはルキさんだ。
良かった…お風呂に入浴剤入れて頂いてて本当に良かった…!!



「あの…ルキさん、そろそろ上がらないのですか?結構な時間が経ってしまっていると思うのですが…」


「…正直に言おう。出るタイミングを逃している。」


「………ですよね。」



困ったような溜息と共にそう言われて私も納得してしまう。
だって私も出るタイミング逃し放題だから。
また気まずすぎる沈黙が流れてしまってどうしようかと思っていれば不意に後ろから伸びてきた腕が私を体を抱き締める。
瞬間私の身体と心臓は大袈裟すぎる位に跳ね上がってしまった。



「安心しろ…何もしない。少し、こうさせてくれ。」



「………はい。」



縋るようなその声に、もはや抵抗なんて出来なくて
数秒、湯船の中でぎゅっと彼の腕に抱かれていればゆるゆるとそれが離れていってしまった。
…どうしよう、淋しい。



………ん?淋しい?
私はなんてことを考えているんだ。



自身でも驚いた感情に思わず顔を赤らめていれば
ザパリと言う音と水面が揺れる光景に彼がようやくあがるのだと思って一つ安堵の溜息を吐く。
ようやくこの恥ずかし過ぎる拷問に終止符が打たれるのだ。



「先にあがる。……花子はもう少しゆっくりしてくるといい。」



「…ありがとうございます。」




小さく返事をして浴室の扉の音が聞こえて彼が出ていったのを確認してから
そのままぶくぶくと頭までお湯の中に浸かった。
…恥ずかしかった。
恥ずかしかったけれどそれ以上に淋しいって何だ私。
それじゃまるで…私がもっとルキさんに直に触れてもらいたいみたいじゃないか。




「ぶくぶくぶく(しにたい)」




恥ずかしくてどうしようもなくて、暫く1人で湯船に潜って更に頭が沸騰してしまったが
浴室から出れば私の頭はそれ以上に沸騰してしまうことになる。



「………究極の二択じゃないか。」



コウさんが用意してくださった着替えをペラリと広げて小さくぼやいてしまった。
あの、これ…どうして白シャツ一枚だけなんですか。
そしてどうしてそれ以外何も置いてくれていないのですが新手の苛めでしょうか…。


素っ裸で出るか、これを着るかの二択。
嫌な予感しかしなかったが、こんな裸体を晒すよりかはと思い、その少し大きめのシャツを羽織った。



「〜〜〜〜!?」



瞬間ふわりと香ったのは先程まで私の後ろにいて私をぎゅっと抱き締めていた彼のモノで
思わずぶわっと顔だけじゃなくて全身が熱くなるのを感じる。
こ、これ…!これルキさんのシャツ…!?



「おい花子どうした…やけに遅いがまさか溺れて………、」



「ちが、ちがうんです…これは…コウさんが…コウさんが…」



動揺してしまって立ち尽くしていれば私が余りに遅いから心配したであろうルキさんがやってきて
私の姿を見てビシリと固まってしまう。
対して私はそんな彼の反応にじわりと涙を浮かべながら言い訳しつつも首を何度も横に振る。


するとルキさんはとても良い笑顔を私に向けてピシャリと扉を閉めてくれた。



そして数秒後無神家に響き渡るスーパー人気アイドルの断末魔。



仕方ない、今日だけは言わせていただきますよ。
私だってもう自分というものがあるのですから。



「こ、コウさんのばか…っ!」



外は相変わらずしとしと雨が降り続けているけれど
私は今寒いどころか恥ずかしくて熱くて死にそうだ。



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