71:答えあわせ


『花子、ばいばい』


『笑ってろ、ばーか』


『スマイル、スマイル。えーがおっ!』


『花子、どうか俺を信じてくれ』



嗚呼、重い…重いなぁ。
けれど全てが愛おしくて、強い。




『花子ちゃん、いってらっしゃい』




自分から大きな扉を開けてゆっくりと足を進めれば
私の友人の優しい声が背後から聞こえて消えた。
皆さんに沢山迷惑をかけた、傷つけた、悲しませた。
どうしたら彼等に償えるのかは分からない…
分からないけれど、只…この足を止めるのだけは何だか違う気がしたのだ。




「嗚呼、来たね。久しぶりだね、花子君。」



「…お久しぶりです、カールハインツ様。」




玉座に座り、こちらを見降ろす彼に一礼をすると、「そう硬くならなくていいよ」と声を掛けられる。
けれど体の力は抜けることはない。
だって私は今から彼に理不尽すぎる願いを伝えなければならないのだから。



「カールハインツ様、あの…」



「君がアズサや、ユーマ、コウ…そしてルキを犠牲にしてやってきた理由は分かっているよ。」



「ぎせい…って、」




思わず彼の言葉を復唱してしまえばカールハインツ様はクスリと笑って
その金色の瞳を細めながらもこちらを捉えて離さない。
ゾクリと背中に悪寒が走るのを感じる。



「幾ら魔力が高い彼等でもあれだけの量を相手に生きているはずがない…そうだろう?それとも、只彼等に守られるだけで何もしてこなかった君には分からないかな?」



「………、」


彼の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。けれど全て事実だ。
ずっとルキさんが「弟達が死ぬわけがない」と励ましてくれたけれど、それは確かなものではないし…
彼等に抱き締められながら只々泣いていただけの私でもそれ位は理解できる。



「ねぇ、花子君…愛おしい人を全て失った君が求めるのは一体何かな?事態の鎮圧?それとも報復?………嗚呼、それとも」



カツカツカツ
渇いた音が響く中、動けずにいれば穏やかな表情はそのままにカールハインツ様が近づいてきて
くいっと私の顎を掴んで上を向かせてしまう。
映るその瞳はまるで月の様に綺麗だけれど、何処か恐ろしい…




「全てをリセットするために時を戻そうか」



「……時、を…もどす、」



彼の言葉が理解できなかったけれど
ニッコリ微笑まれたその表情に嘘偽りはない。
リセット…どこまで?嗚呼、もしかして私がルキさんと出会う前まで…




「ルキが君を見つけるその前までだよ。そうすればこのような事は起こらないし、ルキ達も変わらないまま生きている。…只、君は世界に絶望したまま自殺してしまうかもしれないけれど。」



「そ、れは…」




言葉に詰まる。
確かに元を辿ればルキさんが私を見つけなければこんな事にはならなかっただろうし
きっと時間を戻せば記憶も全て元通りになるのだから私も自身の気持ちなんて優先せず只々自分を憎んだまま世界を嫌ったままの人生を送るだけだろう…


彼等と一緒に居たいというこの気持ちも持つことはないからきっと苦しくない。



「ねぇ、それが一番の解決方法だと思わないかい?」



「そう…です、ね」




全てを、感情を持ちすぎたからこんな事になった…
それは私だけでなくきっとルキさん達もそうなんだろう…。
だったら、何も持たないままのあの日まで戻してしまえばきっと誰も苦しまない、悲しまない




…傷付かない。




ぐっと唇を噛んで心の中で深呼吸。
そして私の口から発せられたのは王の妥協案に賛成するモノではなかった。




「ごめんなさい、カールハインツ様。それだけは嫌です。ルキさん達に頂いたこの感情をリセットするくらいなら、私は王である貴方の意見でも賛同は出来ません。」



「……それは、都合が良すぎるのではないかな?」



じっと何かを見定めるように私から目を離さない彼に萎縮してしまいそうだったけれどぐっと足に力を込める。
大丈夫、私はもう昔の私じゃないんだもの。



決して強くはないけれど、弱い訳ではない。



「都合がいいです、我儘です。でも駄目です。この頂いた気持ちを無かったことにだけは出来ません。」



「その感情を失うくらいなら、彼等を失ったこの現実を受け入れると?」



「はい、コレを消されるのであればこのまま…私は部屋を出てルキさん達の所へ行きます。」




そっと自身の胸に手を宛がえば王の瞳が更に細められる。
時を戻せばその時点で記憶なんて消えるんだ、別にこの感情が消えたところで苦しい訳ではない。
でも、きっと…ううん、それでも絶対に、
そんな選択を今の私もルキさん達も望んではいない。




酷く自己中心的で利己的な答えだとは思う。
けれどそれでも少しずつ心に芽生えてきたこの暖かいものは絶対に手放したくない。




私のこの判断が正しかったのかは分からない。
結局はルキさん達の犠牲を全て無駄にしたのかもしれない。
でも、それでも私は後悔していない。



これ以上此処にいても無駄だと思い、カールハインツ様に頭を下げて自分もルキさん達の所へ戻ろうと思って
姿勢を低くしようとした時に感じたふわりとした心地よい圧迫感と冷たい感触。
予想外すぎるこの態勢に私は思わず目を見開いてしまった。




「合格だよ花子君。嗚呼、君は本当に素晴らしい子だね。」



「………え?」




ぎゅうぎゅう
一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、気が付けば先程まで恐ろしいと感じていた王様…カールハインツ様にぎゅうぎゅうと抱き締められてしまっていて
どうしたのかと思ってもぞもぞと上を見上げれば彼はとても嬉しそうに微笑んでいた。




「私の提案をそのまま受け入れていれば、ルキ達が植え付けた愛がその程度だったと見限って本当に時を戻していたけれど…うん、素晴らしい。」



「ええと、じゃぁ…あの、」




先程までの威圧めいた彼はどこへやら、穏やか過ぎるその声色に拍子抜けしながらも
おずおずと一握の期待を抱きながら言葉を選んでいればニッコリと微笑んだ彼はやっぱり何処かシュウさんと似ている。



「大丈夫だよ。後は王様に任せて欲しいな。……よく頑張ったね、花子君。」



ぽんぽんと何度か頭を撫でられてようやく安堵の溜息を吐く。
けれど次の瞬間にはもうすぐに自身の表情が歪むのが分かった…





「アズサさん、ユーマさん…コウさん…」




ぽたり、ぽたりと
涙が綺麗な床に零れ落ちる。
ああ、どうしよう…私、王の間を涙で汚してしまった…





「ルキ……さん、」




もう戻ってこないのだろうか…
あのおかしくも平和で優しい、時間は…
彼等は…




愛おしい夜空をもう見つめることは叶わないのだろうか…



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