75:しあわせの涙


ルキさんの安否が分からず数日…
今回の騒ぎもようやく静かになって来たので私達は
ご迷惑をかけたカールハインツ様、ライトさんに感謝の言葉を告げてもとの生活へと戻った。


…シュウさんにもお礼を言いたかったけれど、あの日から…コウさん達と再会した日からずっと何処かへ出掛けられていて、この場所から発つ時も現れてくれなかったのだ。


そして未だに彼は私達の前に現れてくれない。




「花子ちゃん、平気?」



「…大丈夫ですよ、コウさん。ありがとうございます。」



「………、」



じっと心配そうに顔を覗き込まれてしまって思わず苦笑。
大丈夫ではない。
大丈夫ではないけれど、ずっと悲しんで泣いて沈んでいても事は変わらないのも知っている。



そんな私を見つめていたコウさんが小さく溜息をついて
何も言わないまま優しく頭を撫でてくれた。
…それは冷たいけれど、何処か暖かく感じてしまう。



「あ、そろそろ授業始まりますね…ではコウさん、また。」



「全く…花子ちゃんが同じクラスなら授業中もずーっと慰めてあげれるのにね。」



「こんな時でも授業受けちゃう花子ちゃんは真面目だね」なんて言葉を残されてそのまま互いに教室へと向かう。
こんな時だからこそ何かに集中して気を紛らわせたいのだ。





教師の言葉が只々意味を持たない単語として流れてしまう。
何も集中できない。
いつだって考えるのはルキさんの安否。
彼は私に信じて欲しいと言ったけれど、でも今ここにいない。
連絡さえつかないこの状態で信じろと言われても私の心は不安定なままだ。



「………、」



信じたい。
信じていたい。
でも同時にもしかしたらという不安もある。



彼を心の底から愛しているのであれば信じれるだろうと思うけれど
けれど、愛しているからこそ不安なのだ。
彼の身に何かあったら…と、




「…っ」




もうこれ以上は何も考えたくなくて只ひたすら、がむしゃらにノートにペンを走らせた。





「…終わってしまった。」



終業のチャイムと共に教師は立ち去り、生徒もガタリと席を立ち、下校の準備を始める。
私は未だに立ち上がれず、静かに椅子に座ったままだ。



時折聞こえる女生徒たちの私の噂に耳を塞ぎたくなるけれど、今はそんな気力もない。
…いつもべったりなルキさんがいないのは彼自身がどこにいるからか分からないからです。


こんなに心配な気持ちになるなら貴女たちが言うようにルキさんに飽きられて捨てられた疑惑が現実になっていた方がよっぽど良かったかもしれない。




じわりと涙を浮かべてしまう前に気力を奮い立たせてその場から立ち去る。
勿論こんな所で泣いたりはしない。
私が涙できる場所はここではない事くらい理解しているつもりだ。


お馴染みの貼り付いた声と笑顔で教室を出て足早に屋上へと向かう。
何だか無性に初めて彼と出会った場所へと行きたくなったんだ。





「…やっぱり暖かくない。」




空気は寧ろ暑いくらいなのに、見上げる夜空には相変わらず温かみを感じられない。
嗚呼、私の世界は貴方がいないとここまで無機質なものへと変わってしまうモノなのか…




「ルキさん」



愛おしい名前を呼ぶ。


花畑も
兵器も
お星さまも
帰ってきてくれた…



なのに包み込んでくれる夜空がいないから
私は今砂のお城でひとりきりだ。



「ルキさん…る、き…さ、」



ぐにゃりと視界が歪む。
嗚呼、私…今、泣いているのか。



淋しい
悲しい
不安
怖い



誰かを愛するから離れるとこんな感情が溢れて止まらない。
苦しくて、とても辛いけれど…でも、
これが私がルキさんをそれだけ愛しているという証拠ならば「こんな感情はいらない」なんて言えなくて
只々この酷い気持ちに流されて涙を零すしかない。



「ルキさん…ルキさん…どこにいるんですか…淋しい…さみしいです。」




ぼろぼろ零れ落ちる涙が止まる事はなくて
次第に声まで震えてしまいその場に崩れ落ちてしまう。
ひたすら嘆き、叫んでも、今は貴方が抱き締めることはないんだと思うと更に声も体も心も震えてしまう。



「ルキさん…う…る、きさ…生きてて…もうそれだけでいい…それだけで」



ぎゅうぎゅうと自分で体を抱き締めて必死に彼の生存を懇願する。
もういっそ、こんな騒ぎを起こす原因となる女は不要と見限って姿を消したならそれでもいい
傷付いてなにかの原因で記憶を失って何処か遠い所で新しい生活を送っているならそれでも構わない。



「ルキさん…おねがい、いきていてください。」



もう貴方がこの世界で生きているなら何だってイイ。
会えないのは淋しくてツラくて悲しいけれど…
でも、それでも貴方が無事ならそれでいい。




けれど、生きているならどうか誰でもいい…
それだけ…それだけ私に教えてください。




不意に背後から誰かの溜息が聞こえた気がした。
そして次に聞こえたのは低くて甘くて…そして優しい暖かな声。




「困ったな……まさかここまで悲しんでいるとは思わなかった。これは本格的に弟達に怒られそうだ。」



「…………怒られてしまえばいいんです。」



「花子、俺が生きているだけでいいだなんて少し謙虚過ぎじゃないか?もう少し最愛には我儘になってもらいたいんだが…」




小さな苦笑が聞こえたけれど私は未だに振り向かない。
いや、振り向けない。
だって今、私…どんな顔をしているのか分からないんだもの。




「怒っているのなら謝る。だからどうかこっちを向いてくれ。」



「や、」



ふわりと体を包み込まれたかと思うとそっと顔を彼の方へと向けられて
視界いっぱいに広がったのは優しくて穏やかで…



それでいてとても暖かな黒だった。




「嗚呼、なんて顔をしてるんだ花子。」



「う…ふ…っ、私、今…どんな顔…して、」



久々に見る彼の表情に涙が止まらないのは分かる。
けれど、今…私がどんな表情をしているのかは自身でも分からず、彼が目を細めて嬉しそうにしているから聞いてみると
そっと、壊れ物を扱うようなキスが唇に降って来た。
ゆっくりと離されると彼は酷く幸せそうに微笑んでこういった。




「俺の事が愛おしくて仕方のないという顔をしているよ」



「…っ、ルキさん!!」




その言葉を合図に自らぎゅっと彼の体に抱き付けば懐かしい、困ったような、それでいて満更でもないような笑いが響いた。
良かった…本当に、よかった。



「ただいま、花子。待たせてしまったな。」



耳元でささやかれたその言葉は何よりも望んでいたもので
彼の腕の中、もう何も言えないまま静かに瞳を閉じた。




零れた涙は先程の悲しみのモノではなくて
酷く嬉しい…しあわせの涙だった。



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