80:懺悔と夜空
「ソレ」はすごくキラキラ輝いていてとても魅力的だった。
綺麗だなって思ってそっと触れていた。
けれどある日、加減を間違えて粉々に壊してしまった。
嗚呼、ごめん
今度は遠くから見てる事にするよ、花子。
「俺は一度花子を壊してる」
そんな彼の言葉に目の前はグラリと歪んで真っ白になりかけるけれど
もっと強くルキさんの手を握って持ちこたえる。
視線の先のシュウさんは苦しそうに笑ってる。
「ちょっと、思いだしちゃった?」
「シュウ、さ…」
「前はそう呼んでなかった。」
私の言葉に今にも泣きそうな声でそう言ってしまう彼を見つめながら
ぐるぐると記憶が流れ込んで混乱している頭を整理する。
そうだ…以前彼に連れて言ってもらった場所、全て誰かの手に引っ張られて一度行ったことがある。
綺麗な水面を誰かと一緒に見つめて笑った。
沢山の花畑の中でお花の冠を作って誰かにプレゼントした。
…公園で誰かに向けて歌を一生懸命歌った。
違う。私、人気者になりたくて歌ったんじゃない。
誰か…誰かに好かれたくて歌ってた。冠を作ってた、笑ってた。
でもそれが誰だったのか、顔が全然思いだせない。
誰…?いや、もう話の流れで誰かなんて察しはついてる。でも…でも、
じっと目の前を見つめ続けていればシュウさんは笑ったけれど何処か悲しそう…
「人間は酷くショックな事があるとトラウマとなって傷にするかその記憶を抹消して記憶を捏造して置き換えるか二択だ。…花子が俺を覚えていなくたって全然不思議じゃなかった。」
そんな事を言われても「ハイそうですね」なんて言えない。
だってきっと昔、いつかは分からないけれど私とシュウさんの間で何かがあったんだ。
なのにそれを覚えていないだなんて…幾らショックだったとはいえおかし過ぎるだろう。
何も言えずに只立ち尽くすだけ。
だって何を言えって言うんだ私はまだ分からない事ばかりだ。
思いだしそうで思いだせない。
酷く靄掛かった記憶多辿っても辿っても掴み切る事が出来ないまま…
「ルキ、」
「……なんだ。」
今まで黙って聞いていたルキさんにシュウさんが視線を向けるとルキさんも静かにそれに応えてくれる。
僅かだが、繋いでくれている手が震えている。
多分これからシュウさんが紡ぐ全てが重くて悲しいものだから…
私もルキさんも怖いんだと、思う。
さぁ…と、静かに冷たい風が吹き抜ける。
嗚呼、この感覚…どうしてだか覚えがある気がするけれどこれも記憶にない。
バクバクと酷く鼓動が煩い。
どうしよう、聞きたくない。
聞いてしまったら私はまた壊れてしまいそうな気がするから…
「………、花子は」
震える声。
小さく息を吸う音さえも振動してしまっているのはきっとシュウさんも言葉にするのが怖いから。
きっと壊れる…今までの関係全てがこの後の彼の言葉によって壊されてしまう。
嗚呼、シュウさん…貴方は私の、
意を決した彼が私とルキさんを射抜く。
そして紡がれた破壊の言葉に全ての記憶が強制的に引きずり出されてしまう。
「花子は俺の最愛だった。」
湖に映る自分たちの姿を見合ってどっちが綺麗かなんて言い合って笑った。
一生懸命小さな花を繋げて王冠を作って「きっと次の王様はあなただね」って笑って差しだした。
「花子の声はとても綺麗…だいすき」そう言われてからずっと彼が遊びに来たときはいつだって歌を歌ってた。
ふわりと柔らかな金色の髪をした
何処かこの世のものだとは思えない少年に、私は恋をしていた。
擦り替わっていた記憶が正しいものへと塗り替えられていく。
幼い私が恋をしたのは目の前の彼で…彼も私を愛してるといってくれた。
けれど…どうして?
どうしてそれでシュウさんはここまで私にしてくれるのか?
肝心なところが思いだせない。
壊した…私を壊したとはいったいどういう事なのか。
最後の最後が思いだせないままでいると彼は悲しそうに顔を歪めてボソリと一つの言葉を口にする。
「“そんなんじゃ花子に何も言えないじゃないか”」
「…っ!」
ビクリと体が反射的に揺れた。
それを見たルキさんは首を傾げ、シュウさんは更にその顔を悲しみで歪めてしまう。
「その言葉がどうした。」
「これの言葉…俺が花子を壊した言葉なんだ。…身体は覚えてたみたいだな。」
もう笑っているようで笑えてない彼に対してよく分からない感情が渦巻いてしまう。
そう…そうだ、その言葉。
その言葉…とても怖い。
「花子は昔からイイコだった。誰よりも優しくて思いやりがあって…でもやっぱり何処か後ろ向きで、」
「シュウさん…」
「花子を壊してからずっと探してた。…久々に見たお前はもう跡形もなく壊れてて、すぐにでも抱き締めたかった…でも、許されないよな。壊したのは俺だ。」
「……、」
「ルキが花子を腕に抱いて…花子も戻り始めて嬉しくて…でもやっぱりどこか危なっかしくて…どうにか昔の花子に戻ってほしくて全部救ってきた。俺にはこれくらいしか償いが出来ないから。」
「…っ…っ、」
淡々と紡がれる彼の話。
もうそれは私の耳には入ってこない。
ただひたすら先程の言葉がリピートされるだけ。
言われた…確かに言われた。
酷く顔を歪めて言われたんだ。
いつだって大好きな彼に好かれたくて一生懸命で
でもそれと同時に気分を悪くしてないなか、とか…傷付いてないかなって不安で
ちょっとした彼の悪態にも酷く傷ついて落ち込んでいた。
それは全て彼が…シュウさんが大好きだったから。
けれどある日そんな日々に疲れた彼がその言葉を言い放った。
些細な事…本当に些細な一言だ。
けれど私にとってその言葉は世界崩壊にも等しくて…
彼にそう思われていたという事実と、今までそれに気づく事の出来なかった自分自身に酷く失望してしまった。
嗚呼、そうだ…
私が私を嫌い始めたのはその時からだ。
大好きな人に嫌な思いをさせた
大好きなのにその人の気持ちを分かってあげることが出来なかった。
…只、自分が良く思われたくて必死で相手がそんな思いしてるだななんて考えることが出来なかった。
嗚呼、私ってとても酷い人間だ。
そう…そう思った。
それから私は笑って泣いて…もう二度と彼とは会わないようにって、姿を消したんだ。
そしてそのまま心が腐って死んでいくまで長い時間はかからなかった。
「しゅ、さ…」
「ごめんな花子…俺があんな事、言わなけりゃ。きっと花子はこの数年も楽しい人生を送れてた。自信を嫌う事なんてなかった。ごめん…ごめん…」
何度も何度も謝ってくれる彼に「気にしてませんよ」なんて言えない。
言ったところでそれは全て嘘だって、今まで生きてきた私が証明してしまう。
でも…でもシュウさんが気に病むことなんかじゃないはずだ。
勝手に悲しんで絶望して壊れたのは私だもの。
なのに目の前の彼は全て自分が悪いと頭を下げて懺悔して許しを請う。
嗚呼…嗚呼!
私、私はなんてことを…
自身を嫌いになるという行為でここまで誰かを傷付けて苦しめていただなんて思わなかった。
私はなんてさいて…
「花子、」
「ルキさん…」
何も言えず、只ひらすら目の前のシュウさんと同じく自身を胸の内で攻め立てていれば
不意に聞こえた穏やかで…けれどどこまでもはっきりした声に意識を戻される。
恐る恐る見上げてみると、酷く優しい顔をしたルキさんがどうしてか…
どうしてか初めて会った時の様に
優しい夜空に見えた。
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