93:意地悪な小森さん


何だかんだ言って何かがあるとここに来たがるのは
やっぱりルキさんとここで出会ったからだろうか…
こう、自分の原点に戻るようなそんな感じの。





「あったかい…」



もう冬も過ぎて少しずつ暖かくなってきている夜…
刺すような寒さはないけれどそれでも屋上なので少し風が強いかもしれない。
ひゅうと吹き抜ける風を感じながらゆっくりと色んな感情を噛み砕いて整理しようとしたとき、酷く懐かしく感じる声が背後から聞こえてしまった。




「花子ちゃん?」



「………小森さん」



綺麗な声で名前を呼ばれて振り返ればはやりそこにいたのは紛れもない私の中だけで今話題の小森さんが立っていた。
きょとんとした顔もやっぱりかわいいなと…同性の私でも思える位
彼女は相変わらず綺麗だ。




ざわりと場所を変えたことによって落ち着いてきた感情がまた胸の内で沸き立ってしまう。
違う、小森さんが悪いわけじゃないじゃないか…




悪いのはその覚醒とやらを出来ない
只の一般人な私なのに……




「花子ちゃん、どうしたの?……なんだか様子が、」



「……いいえ、なんでも……なんでもないです。」




理不尽な嫉妬が胸の中を渦巻いてしまって思わず彼女から一歩遠ざかる。
けれどそんな私に小森さんは綺麗な眉を少し下げて心配そうに近付いてきてくれる。
嗚呼、本当にどこまでも優しいひと…




けれどこんな、当の本人には全く関係のない嫉妬なんて
打ち明ける事も出来なくて、どうしたものかと考え込んでいれば不意に小森さんの目の色が変わってしまった気がした。




…………あれ、これなんか前にも見たことが




「あんたまた馬鹿な事で悩んでるみたいね。小娘。」



「…………小森さんちょっとあの心の病院行った方がいいんじゃないですか?口調とか態度が、」



「あーもう、そんな事言うならその見てられないもどかしい感じなんとかなさいよ!!アタシだってこんなイイヒトしたくないんだからっ!!」



いきなり先程まで優しい表情だった小森さんが綺麗な頬に青筋を浮かべて詰め寄ってきたので
以前の懐かしい感じの彼女に思わず顔を引きつらせながら失礼な事を言ってしまった。
………どうしたんだろう。小森さん、時々こんな風にまるで別の人格みたいな感じになってしまうけれど
逆巻さん達に酷く血を吸われすぎてしまってどこかおかしくなってしまっているのだろうか。



そんな事を考えていれば小森さん?が私を睨みつける眼光がますます鋭くなってしまって
もう一歩距離を取ろうとすればガシリと手を取られて思わず体が跳ね上がってしまった。
どうしよう……今の小森さんからは恐怖しか感じない。




「ほら、話して御覧なさい。うじうじしてたらこっちがイライラして迷惑なのよ。」



「いえ、でも小森さんには…」



「だから、私はあんな小娘じゃなくて………ああ、いいわもうどうでも。いいから話しなさい。これは命令よ」



「う、」



いつもとは本当に別人のような彼女が強引にこちらに詰め寄ってきてしまってもはやなす術はない。
だって本当に小森さんの目、有無を言わさないのだから。






「…………へー。ほんっとまたくだんない。」



「………すいません。」



彼女に全ての事情を離せば小森さんは呆れかえったような表情で大きなため息をついた。
た、確かに小森さんとしてはくだらない話か…



「全く、それにしてもクリスタの息子も大概……ああ、それを言ったらアタシの子達も…」



「え?」



「いえ、いいわ。それよりこの小娘が覚醒出来てあんたが出来ないからって嫉妬とか卑屈になってるって訳ね。……ほんっとお子様ね。」



「こ、小娘って。」




小森さんの言葉の中で時々意味が分からないことがあったけれど
それよりも自身を小娘と言いながらトントンと左胸を叩く彼女はなんだか言葉の内容より不可解だ。



「ねぇアンタ……同族になったからって永遠にずっと寄り添えるって本当に思ってる訳?」



「え?でも……」



「同族になろうが異種族であろうが……結局最期は皆一人で死ぬのよ。まぁヴァンパイアにとって死は祝祭だから?アンタ達と違って死の意味は変わってくるけれど、ずっと一緒かそうでないかだけで言うなら…」



「………、」




言葉が出なかった。
少し感傷に浸りながら紡がれた言葉は本当にその通りで、
同種だろうが異種だろうが死ぬときに同時に死ぬなんてありえない。
いつか死を迎える時が来るのだとしたらそれはきっと別々で……けど、




「けど、それでも……長く、長く……一緒には」



「あんたホント馬鹿よね」




漸く絞り出した言葉は震えてしまっていた。
死の瞬間が別だとしても
それでもルキさんと同族になれれば共に過ごせる時間は異種のものより長い…そうじゃないか。
……そう思って彼女に反論しようとしたらやはりそれも意地悪な小森さんによってバッサリと切られてしまった。




「長く居るとか短い時間だけとかそんなものに価値があるの?それよりも過ごした時間の濃密さじゃないかしら」



「の、濃密?」



「そ、あんた覚醒できないんでしょう?それはどうすることもできないじゃない。だったらこんなうじうじ考える時間があるならあの坊やに一回でも多く抱かれる事を考えた方が有意義よ?」



「だ!?」



初めの言葉に感動していたのに最後の爆弾発言に思わず吹き出してしまいそうになる。
確かに……覚醒の可能性がない私がいつまでのうじうじした所でその事実が捻じ曲がるかけでもない。
だったらこの限られた時間をいかに彼と…ルキさんと過ごすという事に重きを置いた方がよっぽど……
…………抱かれるっていうのはいささかアレだけれども。



「意地悪な小森さん」



「アンタその呼び方で今後アタシと小娘区別つけるつもり?」




ひとつ、何かが胸の中にストンと落ちてきた感覚を抱いて
不意に傍にいる彼女の名前を呼んだらすごく不服そうな顔をされてしまったが仕方がない…




「だって今の小森さん、小森さんじゃない気がするんですもん。」



目の前のいつもと色の違う瞳を見つめて思ったままを伝えれば
どうしてだか意地悪な小森さんはニヤリと笑ってバシリと強く私の背中を叩いて更に笑みを描く唇の端を釣り上げた。




「ほら、“意地悪な小森さん”がアドバイスしてあげたんだから戻んなさい。覚醒できる者に嫉妬してるんだったらアンタがこの小娘より数百倍幸せに抱かれる所見せつけてやんなさいよ。」



「いやだから言い方……」




何処か酷く大人びて、少し色っぽく笑う彼女に促されて下の階に続く階段の扉に手を添える。
全く…言い方がいつもとび抜けているけれど、でも…
どうしてだか全てを否定できないのは少なからずとも彼女の言葉は核心をついているからだろうか。




「意地悪な小森さん、相談に乗ってくださってありがとうございます。」



「やめてよキモチワルイ…あたしは相談に乗ったんじゃなくてあんたが毎回毎回うじうじしてるのが腹が立って眠れないから、」



「それでも嬉しいですよ……では。」




先程まで笑っていたにも関わらず心底嫌そうな顔でそう言い放たれて小さく苦笑。
あれ、さっきまで本当に御姉様と言う感じだったのに今の彼女は少し幼く感じるかもしれない。




そんな事を小さく笑いながら頭で考え
意外過ぎる人物の励ましにより、私は再び少しすっきりした頭のまま
シュウさんとコウさんが待ってくれているであろう教室へと一歩足を踏み出した。



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