103:重ねる罪


不器用で優しい夜空に包まれたお前はもう
きっと胸の内に抱いているのだろう…自身の大きな夜を。




きっとそれは以前よりお前の中にあって
俺と出会った時より育ったその夜はこの先どうなるのだろうか…




ある日、夢で俺のそんな愛しい人が穏やかに微笑んだ気がしたんだ。





「雨とか……怠」




しとしとと湿っぽく降る雨を窓の外から眺めて小さく息を付いた。
この暑い季節の雨は茹だるようで好きじゃない…




そう言えば学校の煩い連中が暫く雨が続くとかなんとか言っていた気がするがそれも正直どうでもいい…
まぁ、満月の日が近いので渇く日が雨だと獲物を探すのに面倒という事くらいか
いつも満月だろうが何だろうがベッドが恋人の俺にはあまり関係がないけれど。





「……………」





静かに目を閉じて帰り際のあの二人を思い出す…
と、言うか二人を置いて猛ダッシュしていった平和ボケしまくった三人を見つけてチラリと目に入ったってのが正しいが。





「(幸せそう……だったな)」





自身が幸せになった訳でもないのに自然と口角が上がる
俺が不用意に壊してしまった最愛は、今別の最愛と穏やかに…本当に幸せそうに笑っていた。
其処に居るのが俺じゃないのが心底気に喰わないけれど……でも、あの日
全てを花子に明かした時にもうそれでもいいと、心の奥底では彼女の最愛を認めている。




「ホント、花子も大概悪趣味だ」




救うつもりがあの時救われたのは俺で
未だに少しばかり不安定な彼女を包んだのは俺ではなくてアイツ
ならもう認めてしまうしかない。
きっと俺が壊してしまった分……これからきっと花子は沢山の幸せを手に入れるんだろう。



それにしても何ともまぁ彼女は人外に好かれるようで…
時計の内側で正しく時を刻んでいるにも関わらず、最愛、友人、家族もどき、そして俺
花子の周りは化け物で溢れているけれど、彼女は俺達といる時が一番彼女らしく生きていると思う






「……………あつ」




ごろんとソファに横になって胸元を抑える。
吸血鬼だから体温はないはずなのに胸の内が酷く熱い
何かがじわりと溢れだしている感覚に次第に熱さに次いで苦しさも沸いてくる





けれどその感覚は正直嫌いではないのだ





「花子…………どうかしあわせに」





喉の奥から絞り出された声は酷く震えていて頬に何かが伝っている事に漸く気付く
嗚呼、もう……俺はいつだってこうやって報われない吸血鬼を演じ続けなければいけない
けれど不満じゃない…花子、お前の幸せの手伝いが出来たのならとらしくなさすぎる事を考えているんだ。





それはもはや贖罪ではなくて
純粋に花子………お前が好きで愛しくてたまらないから
だから、相手が俺でなくてもいい………お前が幸せになってくれる事が、俺にとっても




「しあわせ?…………下らない」




ふと頭を過った四文字に
何だか格好がつかなくて悪態をつくけれどその声色さえ酷く穏やかで
この俺があの平和ボケした奴らに毒されてしまったようで悔しくて仕方がない




花子は遅効性の毒だ





一緒にいる時間が長ければ長いほどこうして彼女の幸せを祈る事で自身も胸が暖かになる
何とかしてやりたくなる……それはきっと彼女の核の部分が誰よりも誠実で真っすぐだから。
歪んで壊れてしまっていた時は奥底に隠されてしまっていてなかなか見えなかったけれど




「嗚呼、雨………酷くなってきたな」




バタバタと窓を叩きつけ始めた雨音に小さく舌打ちをしてプレイヤーの音量を一気に上げる
今日はなんだか感傷に浸りたい気分だ。



この時、幸せそうな花子の表情を思い出して
少しばかり赦された気になっていた俺は雨音の中の狂気に気付く事は出来なかった。




「嗚呼、胸があつくて……穏やかだ」




只、呑気に音楽に身を任せ
知らないうちにひとつ、また罪を重ねていた




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