106:さよならハッピーエンド
ゆっくり開いたその目はいつもの愛しい夜色ではなくて……
いつか見たあの目に似ていた…
渇き切って理性を失っている狂気の色―
「……っ」
「…………」
愛しくて仕方のない筈の人に今は恐怖の感情しか抱けない。
けれど彼の瞳は私を捉えて離さない…クスクスと愉しそうな笑い声が檻の外側から聞こえるけれど
それさえも酷く遠く感じてしまう程、私の動揺は酷く激しい。
「ルキ、さ……っ」
「血を……、花子、」
動けない私の手を勢いよく引いた彼の腕の中にすっぽりと収まって
離れなければと思って体を動かそうとする前にぶつりと皮膚が裂ける音がして、ぎゅっと痛みに目を強く瞑る。
駄目だ……今、こんな酷く乾いた状態で私の血なんか吸ったら…っ
「ルキさ……やめ…やめてくださ……っ、いぅ、」
「ん……は……花子……花子…っ」
「調べていくとどうやら貴女の血は特殊なようで…後は言わなくとも……分かりますね?」
穏やかな声色で紡がれる檻の外のレイジさんの言葉…
私の血は少しだけ変わっていて、誰もが直視したくない感情を後押しして叩き落す…こんな状態でそんな私の血を吸ってしまえばルキさんがどうなってしまうかなんて分かりきってる
必死に抵抗しようとしても満月の渇きと
彼の中の吸血衝動を増幅させてしまう効果となってしまっているであろう私の血
全てが悪循環して徐々に体の力も意識も薄れてしまう
嗚呼、こんな結末…あんまりだろう
私は確かに貴方の傍で最期を迎えたいと願った…けど
けれどそれはこんな形ではなくて……
私は貴方と残りの人生を穏やかに過ごして
そして最期……貴方の傍で死を迎えたいのに
こんな、こんな形で
貴方に殺されて最期をなんて……そんなのあんまりだ
全てにおいてどうでもよかった私を掬い上げて
愛して、壊れていた私をゆっくり直してくれて…
時々優しすぎる余り私を突き放して…でもこうして一緒に最期まで居ようって……誓った、のに
「う……ふっ……うぇ……」
「ええ、ええ…悲しいでしょう、悔しいでしょう?お辛いでしょう……?それも全て彼が貴女を愛したのがいけない」
確実に終幕に近付いている自身の命を感じながら
身に覚えのないこの仕打ちに涙を零せば檻の外の声は更に愉悦を含み、ぽつり
私とルキさんを此処に閉じ込めこのような仕打ちをした動機である人物の名前を零して笑った。
「恨むなら私の兄を……逆巻シュウを恨みなさい」
「……………花子?ル、キ………?」
もう殆ど身体に力がはいならくなってしまった時
聞き覚えのある名前と、そして声を耳にして
ぽたりと、もう一粒涙を零した
吸血衝動の止まらない最愛
虫の息の自分自身
役者が揃ったと上機嫌な吸血鬼
そしてそんな私達を扉の前で目を見開いて絶望の眼差しで見つめる懐かしい顔
なんて最悪なんだ
嗚呼、所詮
私にハッピーエンドなんてなかったんだろうか
絶望に心が潰されてしまいそうになっていた瞬間
どうしてか、肩口に埋まっていた牙が、ズルリと引き抜かれた
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