109:我儘


私が全てに絶望して、どうでもよくて
きっかけがあればすぐにでも死んでしまいたいと思っていたあの日
貴方は確かに言った……




なのに貴方が、そんな事………
絶対だめです。




たとえ、どうしようもないからって、絶対に





突き放された体を倒れないように必死に支えて
地面についた足先に思い切り力を入れてそのまま蹴り上げ、一気に最愛との距離を詰めた





「花子っ!?」



「う……っ、い……っ、くぅ」




彼の胸に宛がわれた銀のナイフが一度大きく振りかざされて
一気に貫こうとした時、私が思い切り伸ばした大きな手がそれを遮った。
熱い………これは、痛いを通り越して熱い
息もままならないかもしれない……




嗚呼、こんな少しナイフをそのまま握っただけでここまで痛いのに
私は今までよく何度も自分から死のうとしていたなぁ……なんて、この状態で苦笑を漏らしたいけれど
其れさえも痛さでうまくできない。




「花子、お前……っ、何を…!」




ナイフの刃先を素手で握ってルキさんの胸を貫くのを防いだけれど
この行動は誰も予想していなかったのかルキさんは酷く目を見開いてナイフから私の手を離させようとするが
私は絶対に離さない…すごく痛いし、傷口熱いし…痛みによる汗が酷いけれど、絶対にこの手は放したくないのだ。




それでも必死に私を離そうとする彼に大きく息を吸って初めて私を捉えたあの日
ルキさんが私にくれた言葉を今度は私自身が吐き出した。





「どうして自分を大切にしないんですか……っ」




「……っ、仕方ないだろう……これ以外…っ」




私の言葉に表情を歪めたルキさんが言い放ったように今はきっとこの方法しかないのだろう
でも、だからって私はこんな形で彼に犠牲になって生き延びたところで全く嬉しくない。
嗚呼、なんだ………今こうして目の前で愛しい人が自分の為に犠牲になると言って初めて自分が今までどれだけ愚かな事ばかりしてきたかよくわかる。





「ルキさん、最愛の犠牲の上に生きても私……嬉しくないです」




「………、」




「自分を大事にしないひとは………嫌いです。私、みたいに」




「…………花子、」




傷が痛くて、痛くて、痛くて……
けれどそれ以上にルキさんが痛そうな顔をしているから、必死に笑顔を作って微笑んだ。




全部全部貴方が教えてくれた。
自身を大切にしなければいけないことも
自分の考えを持つということも
愛すると言う事も、全部全部………




いや、きっと昔は元々知ってたんだ…
けれど、忘れて、壊れて、自暴自棄になって全部手放していた。
それをひとつひとつ、ゆっくり……それでいて確実に思い出すことが出来たのは貴方がいたからだ




そんな貴方をこんな所で失いたくないと
今、こうしてはっきりと自身の意思でそう、思える。




「ルキさん、」



痛みに耐えながらも愛しい彼の名を呼ぶ
きっとルキさんもこんな事をしたいわけじゃない。分かってる
けど、現実はどうしようもない……だから、




けれど私はそれでも………
それでも最愛である貴方に目の前で死んでほしくないと願ってしまう





嗚呼、ごめんなさいルキさん
私は貴方に過保護に愛されてしまってここまで図々しくも我儘な人間へとなり果てました。




しかしそれを私はどうしても駄目だとは思えない。
今現にこんなに貴方を困らせているのに、酷く胸は穏やかだ。
貴方に死なないでと言葉に、態度にして伝えることが出来て本当に良かったと……心から思える。




ぐっと酷く痛むのにもっと強くナイフを握って彼の手から引き抜かせて
血塗れの手で私の為に酷く悲しい選択を選ぼうとしてくれた愛しい頬を撫でる
嗚呼、白い肌に私の血が映えてとても綺麗だとこの状況で呟いたら「呑気だ」と貴方は怒ってしまうだろうか
戸惑いと、いろんな気持ちが乱れて固まっている最愛を見つめると愛おしさが込みあげる
嗚呼、どうしよう……ルキさん、私……今、こんな絶望下なのに今とても貴方が愛しくて……しあわせかもしれない。




そんな感情を誤魔化す事をせず、素直に表情に浮かべて見れば
その愛しい愛しい夜空色の瞳は大きく見開かれ、それに映し出された私は酷く穏やかに微笑みを浮かべていた。





「ルキさん、愛しています」




瞬間包まれたのは先程離れてしまったその腕の中
酷く震えてしまっているのは……もしかしたら私の所為かもしれない




「あ、えっと………我儘で、ごめんなさい」




「全くだ……っ、俺が……どんな想いで……っ、」





どうしようもない状況で選択なんて二つしかありえないのに
どっちも嫌だと駄々をこねてしまったので彼の腕の中でぽつりと謝罪すればやはりこうして怒られたけれど
抱き締めてくれる腕の力がどんどん強くなってしまうので
嗚呼、きっとルキさんも本当は嫌だったんだなと……勝手に都合のいいように解釈してしまう。




「あれ、今日の私……結構前向き、かもしれません」




「……………この状況でそれを言うのか花子は」




「ふふっ、ごめんなさい」




ぽつりと呟いた私の言葉に未だに震えるも呆れたような言葉が返ってきたので思わず笑ってしまう
まぁ、確かにこの状況下だ。現状は変わらない…きっともうすぐルキさんもまた渇きと私の血で堕ちてしまう。
そしたら今度こそ私が……けれどそれも納得いかない。




こんな状況で奇跡なんて起こるはずもないのに
本当にどうしようもない我儘を言ってしまうなんて……
きっとこれが愚かしい人間の私、なのだろうな




「ふふっ、お好きになさい。どちらにせよ其処からは何方かが命を絶つまで出すつもりはありません。それに、葛藤し、苦しむお二人の姿はもっと彼を絶望へと叩き落すでしょうし……ねぇ?」




「………っ、……、」




檻の外側から響いた無慈悲な言葉にちらりと扉の傍を見つめる
そこにはもう、その瞳に光さえ写していないシュウさんの姿…
しかし、数秒後、彼はゆらりとその足をゆっくりとレイジさんの方へと向けゆっくりと彼に近づき始めたのだ




「おやおや、シュウ……如何なさいましたか?嗚呼、私を殺して彼女達を救うと?いいでしょう……やってごらんなさい。以前私が貴方から奪ったように私の命を奪えばいい」




「…………、」



「そうして私と同じに堕ちればいいのですよ……貴方も所詮、私と同類だ」




レイジさんの傍まで来たシュウさんはそのままぐっと彼の首へと手をかけたけれど
どうしてかレイジさんは動揺せずに只々おかしそうに笑う
本当に、この結末さえも予想していたように、只……おかしく笑うのだ





「もういい……もういい、レイジ…お前を殺して俺も死ぬ………そうしたら、楽になれる」




「ふふ…っ、はは……どうぞお好きに、いつも私とは違うと見下し来た貴方が私を殺すことで同じに成り下がるならこれほど面白いいことはない…!」




ギリギリとシュウさんがレイジさんの首にかけている手に力を込めているのが分かる
次第に苦し気な声に変っているのに本人であるレイジさんはどうしてだか未だに愉し気にそんな言葉を紡ぐものだから





「………………、」




瞳の光を失ったシュウさんと、それを見つめ笑いながら殺されようとするレイジさんを見つめ
目の前の二人が誰かに…何かに重なって見えた気がした




「花子、」




するとふわり、愛しい声が私の名を呼んだから上を見上げれば
彼も何か言いたげに此方を見つめていたので、その瞬間
目の前の兄弟を手にかけようとしている彼と、手にかけられようとしている彼が何に似ているか漸く理解できた。




ぎゅっとルキさんに抱き締められたまま鉄格子を握り
まっすぐ……まっすぐ目の前の二人を見つめてぽつりと言葉を紡いだ





嗚呼、似ている
今の貴方達は…………、



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