110:逆巻レイジの独白


嗚呼、下らない
本当に下らない



そのまま彼に吸い殺されてしまえばよかったのに
そのまま彼女を想いながら死んでしまえばよかったのに




そうすればどちらかが息絶え
どちらかが狂ってくれただろうに
そうすれば、私の憎くてたまらない彼は
安易にまた絶望できただろうに。





目の前で繰り広げられる安っぽい恋愛劇場に呆れて一つ、溜息を零す
全く……大人しく私の計画の枠に収まってくれていれば良かったものの…
抱き締め合う異種族を見つめながらも、まぁだからと言って現状は変わらないのだと改めて笑みを浮かべてしまう



私はそんな恋愛劇を見せつけられて感動したので鍵を渡しましょうなんて言うお人よしではない
ましてや計画外だと憤って隙を見せてしまうほど子供でもない
だとしたら結局二人が置かれている状況は何も変わらないままなのだ。





チラリと扉の傍の彼を盗み見る
嗚呼、今回も貴方は只そこで絶望するだけのようですね…




以前、彼の大切なものを奪った時もそうだった
それからも何度も何度も彼から大事なモノを奪って壊して踏みつぶしてきた
なのにその度に彼は別にいいと言わんばかり
何も反応を示さず絶望し、悲劇の主人公を味わっては無気力に瞳を閉じてばかり




それを繰り返し至った結論は
彼にとって私は諫める価値もない生き物だと言う事




逆巻家の長である彼は生まれながらに全てを持っているにも関わらず
それを酷く煩わしそうにしていたことがずっと許せなかった




だったら私に下さい
いらないのなら私に下さい
それは私にとっては酷く欲しくて仕方のないものなんです。




何度も何度もその言葉を伝えようとして
何度も何度もその言葉を必死に飲み込んだ




そうして私の欲しいものを持ちながら
苦しそうな顔をする、辛そうな顔をする彼への憎しみは
飲み込んだ言葉の数だけ募って消えることなく私の中へと積み重なっていったのだ。




そして、その度
彼の大切なものを奪い、壊し…自身の中の憎しみや
言い表すことの出来ないドロドロとした感情を消していったけれど





「おやおや、また一つ、貴方の大切なモノが消えましたね」




「どうでもいい………」




「……………、」




その度、その度に
私の言葉など、存在などとるに足らないものと言わんばかりに通り過ぎていく彼を目の当たりにして
更に自身を惨めに感じ、唇を噛みしめてきた。





彼の行動、態度全てが私を逆なでする
彼にとって私は完全無価値な存在
そんなもの、認めてたまるか




「きっとまた大切なものを作ってくださいね………全て奪って差し上げます」




たかが先に産まれただけで全てを持ち合わせ私を無価値と思う彼に私を焼き付けてやりたい
奪って奪って奪いつくして、彼にも私が抱いている憎しみを埋め込んでやりたい





幼い日の私がぽつり、
彼の背を見つめながら呟いた言葉が
記憶にない筈なのにどうしてか……頭に引っかかって出てこない





ただ、もうそんな事何だったかなんて興味はない
今はそう、彼が持つ全てを踏み潰して絶望に叩き込んでやりたい、それだけだ





「はは、滑稽だ……まさか貴方がここまで堕ちるとはね」




ギリギリと虚ろな瞳で私の首を絞める彼を見つめる
虚ろながらに漸くその濁った瞳に映った自分自身に漸く胸の中の何かが満たされた気がした




嗚呼、永かった……貴方が…お前が、
私をその瞳に写すのにどれ程のものを奪って消して握り潰してきただろう





今まさに、こうして自暴自棄になって私の命を奪おうとするお前は
私と同等…同じ事をしているのだ。
嗚呼、同じ……所詮お前も私と同じなのだ!





「どうですか、見下して来た…無価値な私と同じ場所に堕ちて来た気分は!」




「煩い……煩い煩い煩い……もういい、もう十分だ」




意識は、呼吸は確実に薄く、浅くなっていっているのに笑いが止まらない。
嗚呼、これほど嬉しい事はない
漸く……漸くお前を壊せた、憎いお前を此処まで落とせた






漸く…






“どうして誰も…誰も私を____の?”





瞬間、白めいていく意識の中
幼き日の自身が下を向いて泣きながらぽつり、喉の奥から
必死に絞り出して何かを言っている映像がフラッシュバックした





私は……





嗚呼、あの日の私は一体何を言っていたのだろう






ぷつりとそのまま意識を消してしまう直前
この混沌とした空間に似つかわしくない、まっすぐな言葉が響き渡った






「二人とも、似ていますね」





それは、今まで壊れて、荒んで、幸せを拒否し続けてきた
女の声色だった



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