33:ずるい
「ええと、落ち着け。とりあえず、落ち着け。」
『うえええええじゅうざあああああざみじいでずよおおおおしぬうううう』
「死ぬな馬鹿。はい、深呼吸して?」
ノイズ交じりの嘆きに大きな溜息をつきながら落ち着くように深呼吸を促せば
電話越しにひっひっふーと見当違いの息遣いが聞こえてビキリと青筋を立てた。
「おい花子なに子供産むときの呼吸法してんだ浮気したの?」
『はっ!気が動転してラマーズ法でした!!!』
花子の出張初日。
早速彼女の携帯へと通話を試みればワンコールで出てしまったのでちょっとびっくりしたけれど
それ以上にその後の対処に困った。
いきなり耳元で大音量の…たぶんアレ「シュウさん私淋しいです今すぐ帰りたい」って言ってたと思うんだけど
なんか訳のわかんない単語と言うか雄叫びを聞かされてしまい暫くめちゃめちゃ宥めてやればようやくこのレベルまで落ち付いた。
…花子は相変わらず俺の事が好きすぎる。
「ったく、まだ一日目だぞ?こんなんで後六日、どうすんの。馬鹿。」
『……………』
俺のそんな何気ない言葉に暫く向こう側が静寂に包まれたかと思うと
ドサリと何かが崩れ落ちた音がしたので慌てて少しばかり早めの口調で回復呪文を唱えてやる。
「わかったわかった悪かったって。ごめん。六日じゃないよな、後五日と23時間位だすぐだよゴメンって生き返れ馬鹿花子。」
『………ぐすっ。シュウしゃ…よくたまには遠く離れた方が愛は深まると言いますが私はその前に存在ごと滅びそうです。』
「………そうだな。ほんっっとそうだな花子なら滅びかねないな。」
電話越しのもはや生気が感じ取れない最愛の言葉にもう一度大きな溜息をついてごろりとベッドの上で寝返りを打つ。
………淋しいの、花子だけだと思うなよ、馬鹿。
「ばーかばーか。花子のばーか。」
『えええええい、いきなり何なんですかシュウしゃん!!!ま、まさか倦怠期ですか!?どうしよう死のう!!!』
「うるさい。倦怠期なんか知らない。だいすき。」
『私は愛してるぅぅぅ!!!!』
本音を言ってしまえば花子は絶対にすぐさま此処に…俺の前に帰ってくるって解り切ってるから言えないけれど
俺だって初日にもかかわらずもう淋しいんだ。
いつだってシュウさんシュウさんと煩すぎる声が聞こえないだけで胸にぽっかり穴が開いたみたいなんだからな。
「花子、後5日と22時間30分頑張れ。」
『うぅぅ…しゃ、社会人頑張ります。』
ちらりと時計を見てそんな台詞。
これはきっと花子に対してじゃなくて自分に向けての言葉なんだと思うと呆れて笑いがこみあげてしまう。
最近花子が絡むと乙女みたいな思考回路になるの、やめたいんだけど。
「はぁ…もう、花子…すき。」
『殺される。耳元から凶器が入り込んできて内側から殺される。』
「おい、俺からの愛の告白を凶器とは何事だ」
真剣すぎる彼女の言葉に笑いを抑えながらもわざとらしく怒ってみる。
…あれ?初めは花子を慰める為にかけた電話なのに、今は俺が慰められてるみたいだな。
“淋しがらないで”
って、そう言われてるみたい。
……ああもう、悔しい。
「花子の馬鹿。大人。すき。」
『褒めてるんですか貶してるんですか怒ってるんですかどれですかシュウしゃ!!!!』
未だにぎゃんぎゃん喚く彼女との通話を無理矢理プツリときって携帯を放り投げる。
そうすれば今まで煩いくらいだったのに急に静かになってしまった部屋に三度目の溜息。
「全部はずれだ馬鹿花子。………悔しいんだよ。」
もぞもぞとベッドに深く潜りながら先程の彼女の質問に答える。
勿論通話は切れているのでこの言葉に返ってくるものはないけれどそれでいい。
だってこんなの、聞かれたら恥ずかしくて花子の前に俺が死ぬ。
いつだって肝心な時に包み込むのは俺じゃなくて花子だ。
満月の時だって
自身が死にかけた時だって
パーティの時だって
こうして遠くに離れた時だってそうだ。
普段は只々俺を好きすぎてツラい花子なくせに
大人だからかこうやって俺が辛いときはちゃんと自分じゃなくて俺を優先してしまうあたりもうホント…
「俺だって花子を包み込みたい。」
…そうか、幸せだと感じていても残る腑に落ちない点はこれだ。
いつだって最終的に甘やかされたり救われているのは俺ばかりで、好きだ愛してると言っている割に花子を甘やかしたり、救ったりそういうの…してこなかったと言うかさせてもらえてない。
「傘だけじゃ…いやだ」
俺は只降り注ぐ雨から守ってくれる傘が欲しい訳じゃなかった。
ほんとは…ホントは花子と…
「花子ばっかり、ずるい。」
そんな言葉を言ってしまう時点でダメなんだと気付けばもはや諦めの境地で
チラリと時計を見やってひっそりと花子を長期出張させた会社を恨みながら目を閉じた。
後5日と21時間45分…
うん、花子じゃないけど
長過ぎると、思う。
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