34:消えた傘
花子が帰って来るまで後6日…
いや、彼女基準で言えば後5日と数時間…?
まぁそれでもその時間が長すぎるのに変わりはない。
「はぁ…」
「ちょっとちょっとどうしたのシュウ。今日はめちゃめちゃ動くじゃない?花子ちゃんがいないから淋しいの?んふっ♪」
「煩い黙れライト殺すぞ。」
溜息交じりの俺の行動に目を見開きつつもとても楽し気にからかってくる五男にイラついて
低く唸れば「怖い怖い」と飄々とした返事が返ってきてしまいまた溜息。
現在俺はいつもなら考えられない位部屋をうろうろと歩き回っている。
「確か愛され過ぎた猫がご主人様が留守になると落ち着かずに部屋を歩き回るって聞きましたよ?」
「マジかカナト!と言う事はダル男のご主人がチチナシ花子って言う事か?ぶはっ!!」
ごちんっ
ごすっ!!!
仮にも兄である俺を猫と一緒にしてしまったカナトとそんなカナトの言葉を聞いて盛大に俺を笑いものにしてしまったアヤトに
思いっきりげんこつを落としてやった。勿論失礼レベルの高いアヤトには手加減なしである。
「いいいってぇぇぇ!?くっそ!大人しくしてろよダル猫!!花子はまだ帰ってこねぇだろうが!!!」
「そうですよ!いつだって寝てるクセにこんな時だけうろうろと…そんなに淋しいなら花子さんの部屋に籠ればいいじゃないですか!」
「ぶふ…っ出張前の花子ちゃんとのやりとり見られちゃってるから言われたい放題だね…っんふふふふふふ♪」
「お前ら全員首切り落としてやりたい。」
三者三様の馬鹿にし加減にビキリと青筋を浮かべつつもカナトの言葉に頭の中の俺が名案だと勝手に納得する。
…いやいやこういうのは恋する女がするものであって俺がするべきことじゃないだろう。
…………六日後。
「………落ち着く。」
もふもふとベッドの感触を味わって静かにご機嫌な自分に小さく溜息。
くそう、自分で言うのも何だがゲンキンすぎやしないか俺。
今は花子の部屋のベッドの上。
ふわりと香るのは彼女の優しくて甘い香りだ。
「………彼女じゃないんだぞ。」
シーツに顔を埋めてぼやいても誰も反応しない。
当たり前だ。ここには俺しかいないというかこんな場面誰かに見られでもしたら俺はそのまま銀のナイフで胸を貫いて死ぬ。
仕事が本格的に忙しくなってしまったのか、夜電話しても通話不能状態でここ数日彼女の声さえ聴けてない。
だからこの環境は酷く寂しさを紛らわせてくれる…くれるのだが。
「…後数時間とかムリだ。」
ぐりぐりと顔を動かしてシーツに擦り付けながらも遂に根を上げてしまった自分に溜息が出る。
あれだけ花子には仕事なんだから我慢しろと大口叩いたにも関わらずこの体たらくである。
もうすぐ花子は帰って来るって分かってるのにこの時間が酷くもどかしくて寂しい。
「花子……あいたい。」
カシャっ
「……………。」
感傷に浸っていれば不意に聞き覚えのあり過ぎる電子音に数秒固まっていたがガバリと勢いよく起き上がりズカズカと大股で馬鹿丸出しの可愛いもの好きファンシー犯人の後を追う。
いや、うん。鍵を開けっぱなしにしていた俺も悪いけどこんな彼女のベッドの上で顔シーツに埋めて弱音吐いてるのを万が一本人に出も見られてみろ
生きながらに俺の精神が死ぬ。
そして今その画像と言うかおそらく動画は一番花子に奪われやすいであろう奴の手中なのだ。
「おい可愛いもの好きファンシー末っ子スバル。………殺されたいのか?」
「な、何の話だよ。」
大きな音を立てて犯人であるスバルの部屋に殴り込み、慌ててベッドの下に携帯を隠した彼の胸倉を掴んで凄んでもシラを切られて顔に青筋が浮かぶ。
確かに可愛かったかもな、さっきの俺は。
いやしかしいつだって腰をターゲットにされているお前が持っていれば俺のその可愛いであろう姿がそう時間がかからないうちに花子の眼に入る危険性は大なのだ。
「携帯寄越せ今すぐだ。」
「断る!」
以前俺と花子の添い寝写真を没収されたのを根に持っているのか
頑なな末っ子の態度に更にビキリと青筋が追加されるがもはやそこまでだ。
俺は彼が携帯を献上せざるを得ない最強の呪文を持っている。
「寄越さないなら花子が帰って来た瞬間抱き締めてキスして愛を囁きまくるぞさて、スバルの腰はどうなるだろうな?」
「チクショウ!!」
俺の言葉に自信の腰骨の末路見出したのであろう
酷く悔しそうな顔をしながらも大人しく携帯を差し出した彼にようやく俺は満足気に笑った。
「最初から素直にそうしてろよ…ったく。………ん?」
チラリとスバルの携帯を見ればどうしてだかその画面はメール作成画面で送信済みのアイコン。
そして宛先は…
何度も見返しても「花子」と言う文字にしか見えない。
「………スバル、生き埋めか打ち首かそれともじわじわ拷問かどれか選ばせてやる。10秒以内だ。」
「そ、それよりホラ!もうすぐ花子帰ってくるんじゃねぇのか!?ん!?」
ガシリと頭を鷲掴みにしてもはや腹いせに泣かすぐらいじゃ済まされないぞと威圧すれば
慌てたスバルが時計を指さしてそう言うので自身もそれを見やれば彼女が帰宅予定の5分前。
ぱっとスバルの頭を離してスタスタと何事もなかったかのように、けれど普段より考えられない早いスピードでリビングへと向かう。
ああ、一週間ぶりにようやくあの煩すぎる声が聴ける。
そう思うと早まる足を抑えることは出来なかった。
「花子…、」
カチカチカチ、
時計の秒針が響く度に自身もそわそわとしてしまうのでやはり苦笑だ。
全く…淋しかったんだぞ馬鹿。早く来い。
予定だとこの時計の針がてっぺんに来る頃には帰ると聞いている。
嗚呼、後3…2…
1…
ゴーン…ゴーン…
時計の鐘が鈍く、そして大きく鳴り響く。
そしてきっと勢いよく開くであろう扉をじっと見つめ続けた。
「………?」
けれどその扉が開く事はなくて、
只々静かにたたずむばかりだ。
「花子?」
それから数日経った今、
花子が屋敷の扉を開いて俺の腕に帰ってくることはない。
彼女は…傘は
なんの前触れもないまま俺の前から姿を消した。
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