35:甘やかされた猫


いつも守ってくれていた傘が突然俺の手から消えた。
再び体と心に降り注いでしまう雨は
以前よりも酷く冷たくて重い気がする。




「どうして…花子、」



机に頭を預けて項垂れてもいつもの煩くて愛おしい声は聞こえない。
花子がいなくなってから三日…連れ戻そうにもどこにいるのか全く検討が付かない。


寧ろ俺に嫌気が差して何処かへ姿をくらませたのかもしれないが、今までの彼女の行動からするとそんなのはありえないし…



「ありえないって…どんだけ自惚れてんだ俺。」



顔を机に預けたまま小さく自嘲する。
女の気持ちなんて移り気は馬鹿みたいに早いんだからそんな保証はないのに…
けれど、うん。花子は違う気がする。


あれだけシュウしゃんシュウしゃんと煩くて、好きすぎて俺に近付けなくて…でも自分の身の危険も顧みずに俺を甘やかしてくれる花子に限って飽きたからポイはないと思う…いや、思いたい。


だったらどうして突然俺の前から消えたのか、その理由が知りたいのに肝心の本人がいない。




「随分と腑抜けておいでですね。…まるで以前の…いや、以前より酷い気がします。」



「…………煩い。」




頭上からレイジの嫌味が聞こえたが今はそんなのどうだってイイ…というか反応することさえめんどくさい。


今は只花子が何処かを知りたいだけだ…それ以外に体を動かすどころか息だってしたくないというのに。


すると、カサリと俺の頭に何か小さな紙切れが落とされてゆるゆると顔を上げ、中身を見れば血の気が全身から引いてしまうのが嫌と言うほど分かってしまい、思わずブルリと体を震わせた。


「…ねぇ穀潰し、貴方は只の傘にどこまで尽くせるのでしょう?」



「………レイジ、お前。」



ようやく顔を上に上げれば相変わらず嫌味な顔で俺を見降ろしている弟。
しかしその手はグッと俺の腕を掴んで無理矢理に起き上がらせるから少しばかり驚いてしまった。




「勘違いしないで下さいね。あの忌々しいクイーンがいないとどうも張り合いがないだけですから。」



「………そうか。」




小さく笑ってもうそれ以上は何も言わない。
だってそうだろう?
これ以上彼の行動に突っ込むのは無粋というモノだ。




「そこ、貴方の大嫌いな場所みたいですが…行くのですか?」



「………ん、」




静かに足を外へと向けると忠告と言わんばかりのレイジの声に再び笑ってしまう。
うん、普段なら自分からそこには絶対いかない。
行かないけど…




花子がそこで待っててくれるんだったら俺だってたまには頑張れるっていうものだ。



「本当に…貴方は甘やかされた猫ですね。…主人の帰りが待ちきれず、自ら主人を迎えに行くなど」



「何とでも言ってろ。」




扉に手をかけると呆れきった笑いと共に最後の嫌味。
それさえ笑い飛ばして冷たいそれを押し開けた。
そして振り返りざまに厭味ったらしい弟に一つ、俺も意地悪な反撃。



「悔しかったらそいつの為に動けるほどの最愛位見つけてみろ非リア充」



「煩いですよ、早くいきなさい気分が悪いですよこのリア充。」



現在の言葉を使ってみて互いに笑って屋敷と外を繋げる扉から足を踏み出した。
目指すのは魔界…エデン。




親父がどうして花子を捕えたのかは知らないが
そんな理由どうでもイイ。
俺は一秒でも早くあの煩くて俺の事が大好きな彼女を抱き締めたいんだ。




レイジが苦労して入手してくれた情報が書きなぐられている紙切れをクシャリと思わず握りしめた。
いつだって逃げてきた場所…
逆巻と言う名からも血からも逃げたくて仕方なくて…自身からなんて足を踏み入れた事のないそこに
生まれて初めて、自分の意志でそこへと早い足取りで向かう。



花子、少しだけ…待ってて?



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