1: 自称彼氏登場


今までなんとなく生きてきた。
それなりに楽しかったし、それなりに悲しい事もあった。
そしてなんとなく平凡に社会人になったのだ。


「へぇ、キミ、花子ちゃんって言うんだ。よろしくね!」


「ど、どうも〜」


引き攣った微笑みでニコニコの相手に返事。
会社の同僚の頼みじゃなかったら今すぐここから逃げ出している。
この合コンというシステムを開発した奴は滅べばいいと思う。

誰にも気付かれないように小さく息を吐いて、営業用の笑顔で一気に差し出されたお酒を飲み乾す。どうか一刻も早くこのクソめんどくさい時間が過ぎますようにと願いを込めて。


「よっし!このまま二次会行こう!二次会ー!」

「あ、あははは」


盛り上がりすぎているメンツに苦笑い。
あー結局酔えなかったし、このままの空気だと確実に二次会コースだけれど正直私はまっすぐ家に帰りたい…が、人間社会はそんなに甘いもんじゃない。


「花子」


そんな、流れに任せて二次会へ赴こうとした時、誰かに呼ばれた。
声の方向を見てみるとそこには見覚えない美形の男の子。こんな夜中に?どうした少年。
というかなんで私の名前なんか呼んだよ。

意味が分からず硬直していると、彼はズカズカと合コン集団をかき分けて私の前でピタリと止まる。
周りは突然の事でざわめきだしているし、同僚の女性たちは彼の美形っぷりに黄色い声をあげている。肝心の私はポカーンである。


「おいで」


突然腕を掴まれたかと思えばそのまま強く引っ張られて彼の歩む道へと連れて行かれる。
背後から男性陣のざわめきと女性陣の叫びが聞こえるが私はそれどころではない。


「あ、の…っ、ちょっと…!」


こ、この子すっごい足長い!なので歩幅が合わない!躓きながらも必死について行くと、突然止まった彼の背中に激突してしまう。
そしてゆっくりこちらを向いたその人は不意に私の唇を奪った。


間近にあるのは拗ねたような不機嫌顔。


「花子がああいうの行くの、ヤなんだけど。」


「………は?」


えっと、どこからツッコめばいいんだ。
そんなのキミには関係ないだろうとか。
何勝手にキスしてんだとか。
そもそもいつ私の名前を知ったんだとか。
ていうか明らかに年上の私を呼び捨てって何様なんだとか。

色々ありすぎて、固まっていると
両手を広げて指折り私の不満を数える。


「残業も多すぎ、酔わないからって飲み過ぎ、愛想笑い下手過ぎ、休日出勤多すぎ…全部ヤだ。」


…どこの彼女だよ。
ていうかその前にストーカーですか!?


「あの、キミ…何者?」


「?今日から花子の彼氏だけど?」


「よし、警察。そして精神科。」



すかさず携帯を取りだしたのはいいけれど、それは空しく彼に取り上げられてしまう。
腹が立つくらいに背の高い彼に取り上げられてしまえばもはや打つ手はない。
そして何故か徐に私の携帯を操作して何かを入力していく。作業が終わればニッコリ笑ってそれを私に返却する。


「俺の携帯番号、入れたから。いつでもかけてきて。」


「絶対かけないし!」


「やだ、一日一回は絶対かけてきて。かけて来ないなら俺がかけるし。」



だからお前は彼女か!
つか彼女でも彼氏でもないからな!
心の中で全力で突っ込みつつも何故か心底嬉しそうな彼を前にしてしまっては言葉が出ない。


「あーそうそう。俺、付き合ったら溺愛するタイプだから。」


「いや、知らないからね。」


「何で?花子を溺愛するって言ってんのに。」


いや、だから…
あーもうツッコむの疲れた。
会話が成立しない。何この子。
盛大な溜息をついて返された携帯を見る。
登録番号000に記された彼の名前であろう文字を見つめ、再び溜息。
なんだか今までの平凡な毎日が酷く懐かしい気がする。


「…ていうか、逆巻?君?」


「ん?なぁに?」


「電話帳の男性の番号全部消えてるんだけど…?」


「………だって、」


「だってじゃない!」


むすっと膨れてしまった『逆巻シュウ』君に向かって思いっきり怒鳴り散らした。
やることなすこと彼女か!



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