11:さらば平凡生活
「行きたくない。」
「いやいやいや、弟君にご迷惑をかけちゃいけないよシュウ君」
「いーやーだー」
ぎゅうぎゅう。
「こ、の…っ!穀潰し!」
私の腰に抱き付いたまま駄々っ子の様にこの場を去る事を拒否するシュウ君に苦笑していれば
彼の弟君が盛大に叫び散らかした。
全くかれこれ30分位この攻防戦は続いてしまっている。
どうやら彼等のお父様と言う人がパーティの類がお好きなようで
今夜も主催で催されるらしいのだが、やはり主賓のご子息と言う事で顔を出さねばならないらしい。
けれど毎日の様に、いや毎日私の部屋にやってきていたシュウ君はイヤイヤとこうやって首を横に振るばかり。
「シュウ君もう観念しちゃいなよ。」
「いやだ。花子と離れたくない…」
そう言えば抱き付く腕の力は強くなり、また私は困って笑う。
するとシュウ君の弟が大きな溜息を吐いた。
「全く、またこのような下賤な餌に執着しているのですか?餌ならば他にいくらでもいるでしょう。」
「あは、あはは…」
呆れたような、見下したような視線でのそんな台詞に笑顔がひきつってしまう。
ま、まぁ吸血鬼様的には人間は餌だから仕方ないのかなぁ
多分この弟君の言う事が正しくて、シュウ君がちょっと変わっているんだろうなぁ。
そんな事をぼんやり考えていればシュウ君の雰囲気がとんでもなく黒くなった感じがしてじわりと冷や汗をかいてしまう。
「…………おい、レイジ。今、何て言った?」
「は?ですか、ら…っ、」
ゆらりと、私から離れたシュウ君は弟君、えっとレイジ君の前に立って
勢いよく彼の喉元を掴み上げてそのまま高らかに持ち上げる。
その光景があまりにも恐ろしくて私は息をするのを忘れてしまう。
「花子は下賤でもないし、そこらの単なる餌でもないんだ。……口を慎むんだな。」
「…っ、…っ!」
苦しそうに顔を歪めるレイジ君を見てようやく我に返ってシュウ君の元へ駆け寄って彼の服の裾をめいいっぱい引っ張る。
「兄弟げんか!ダメ!ゼッタイ!」
大きな声で喚いてシュウ君を睨み上げれば彼はこちらを向いて大きく目を見開いて
静かに吹き出して、レイジ君を掴んでいた手をあっさり放してくれた。
そしてその代りに今度は私をぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「ふふ、兄弟げんかとか…可愛い…花子、かわいい…」
「え、えぇ?何で笑ってんの?」
「あのままレイジを殺してもよかったけど…花子がかわいいから特別に許してやる。」
そ、そんな深刻な状態だったの!?
思わず顔を青ざめさせるとまたシュウ君は可愛いと言って頬にキスをする。
そして何かを思いついたのか、ニヤリと笑った。
「おいレイジ、パーティ行ってやるよ。」
「は…は?何ですか…いきなり」
レイジ君が乱れた服を整えながらこちらを見れば
シュウ君は口角を上げてぎゅっと私を抱き締める腕に力を込める。
「花子と一緒に行く。」
「おいまてふざけるな私は普通の生活が送りたいんだ巻き込むな。」
思わず彼の腕の中で抗議してみるものの、彼は全然聞く耳持たないという様子で
レイジ君にドレスやら靴やらの手配の指示を飛ばす。
そして肝心のレイジ君はといえば長いため息をついた後無情にも「承知しました」だなんて台詞を吐いた。
「ちょ、ちょっと待って!無理無理だから!」
「餌の都合なんて聞いてませんよ。では私はいろいろ準備がございますのでこれで。」
そう言うとレイジ君は足早にその場を後にした。
取り残されたのは呆然としている私と、にっこりご満悦なシュウ君だ。
「花子のドレス姿か…楽しみだな。」
「う、うそでしょ…」
今、本格的に私の平凡生活が幕を閉じようとしている。
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