12:王子様のアリス
「こ、これで…パーティに出ろと…!」
「おや、お似合いですよ。花子さん。」
レイジ君が満足げに微笑む。
反対に私の笑顔は引き攣っている。
高いヒールにアップにされた髪、そしてこの豪華なドレス。
もう逃げ道がないのなら何事も無く時が過ぎてくれることを願うしかない。
小さく息をついて、目の前にある大きな扉を開ける。瞬間飛び込んできたのはとても豪華なダンスホール。驚きで一瞬目を見開いたのだけれど一応私も社会人である。
冷静さをすぐに取戻し、私をこの事態に巻き込んだ張本人を目で探す。すると、突然後ろからぎゅっと抱き締められて大きくため息。
「なにそれ…可愛い…花子、かわいい」
「うえーい。お世辞はいいから離そうねシュウくーん。」
「やだ…絶対やだ。」
…いきなり大問題発生だよ!
いつもどおりじたばた暴れてしまえば多分高いヒールの所為で足をひねるだろうし
折角セットしてもらった髪も崩れてしまう。
「シュウ、スピーチが始まりますよ。」
「………チッ、」
レイジ君のそんな言葉に開放してくれたシュウ君に胸をなでおろす。
するとぽんぽんと優しく頭を撫でられて思わず上を向けば一瞬息が止まる。
「行ってくる…いいこで待ってて、花子。」
「………ぁ、」
見上げればいつものうとうとぽわぽわしてるシュウ君じゃなくてカッチリとしたスーツで、妖艶に微笑むまるで別世界の住人のような綺麗な彼だった。
今までそんな彼に抱き締められていたんだと思えばもう体も顔も真っ赤になってしまう訳で。
何というか…レイジ君を連れて舞台へと進むシュウ君は本当に王子様みたいで見惚れてしまう。
うん、これが所謂ギャップ萌えというやつなのだろうか。
「…いやいやいや!」
暫くぼーっとしていたがこのままじゃいけないと思い、二三度首を振れば視界に入ってくる
白いこの場に似つかわしくない物体。
「………包帯?」
手に取ればそれは怪我人を手当てする包帯で、だらりと何処かへ繋がってしまっている。
このままにして誰かが躓いてしまってもいけないし、そもそも持ち主さんが困っているであろうと思うそれを辿っていく。
シュウ君には大人しく待っているように言われたけれどこれくらいなら大丈夫だろう。
「…………人?」
包帯を辿って瞬くすればバルコニーに出た。
ひゅっと冷たい風が身体を掠めるけれど、誰かが品のいい椅子に座って夜空を見上げていた。
どうやら包帯は彼のもののようで、私が手繰っていたソレは彼の身体に繋がっていた。
「あの、包帯…ほどけてましたよ。」
「…………え、」
ゆっくりと此方を振り向いた彼はきょとんと首を傾げてじっとこちらを見つめる。
その仕草が可愛くて思わず顔を緩めてそっと包帯を差し出せはビクリとその体は一瞬揺れるけれどおずおずと受け取りへにゃりと微笑む。
うー…ん、もしかして吸血鬼って言うのは可愛い属性の子が多いのかなぁ。
シュウ君といいシュウ君といいシュウ君といい。
「ありがとう…」
「どういたしまして」
彼のあどけない微笑みにつられて笑顔になれば
またじっと顔を覗き込まれてくてんと首を傾げる。ん、今度はどうしたのかな?
「どうして…人間が、こんな所に…いるの?」
「あ、えっと…ちょっと無理やり連れて来られちゃって…」
「そう…なん、だ」
彼はそう言えば徐に立ち上がり、ぎゅっとその細すぎる、けれど大きな手で私の手を包み込んで微笑んだ。
「じゃぁ、ここにいると良いよ…ちょっと寒い、けど…中にいるよりかは…安全…だから」
「安全?」
「うん、吸血鬼にとって…人間は…餌、だから…君ひとりきりだと…食べられちゃうよ…」
あ、そうか。そう言えばそうだったっけ。
大事な事なのにすっかり忘れちゃってた。
そしてそう思ってしまえば一つの疑問符が浮かび上がる。
「ええっと、キミは…吸わないの?血。」
「君は…やさしい、から。…痛い事…しない、よ。」
あ、またにっこり笑った。
多分優しいのは私じゃなくてこの子だと思う。
彼等にとって人間は絶好の餌で、そんな私を目の前にして血を吸わないだなんて優しくなきゃそんな事できない。
そんな彼の優しさにまた私もニッコリ笑う。
「キミ…かわいいね。」
「そ、そう…かな…」
「うん、まるで…不思議の国の、アリス…吸血鬼の世界へ、迷い込んだ…かわいいひと」
ちゅっと、指先に唇を落とされて思わず顔を赤らめる。すると彼は嬉しそうにえへへと笑う。
「ねぇアリス…君は誰に連れらてやって来たの?君は…誰のもの?」
「え、えっと…」
「俺のだ」
アリスだなんて可愛らしい表現で比喩されてしまい、恥ずかしさで口をパクパクしていると
不意に後ろから抱き締められてしまい、可愛い彼と距離が大きくあいてしまう。
そして怒ったような低い声の主にビシリと身体を固めてしまう。
「ああ、シュウさん…の、もの…だったんだ…」
「そうだ、絶対にやらないからな。」
…お、怒ってる。
これ以上ないくらい怒ってらっしゃる…!
恐る恐る顔を上げればやはり普段以上に格好良すぎるシュウ君に更に顔を赤らめてしまい、勢いよく視線を戻す。
駄目だ、今日はシュウ君の顔をまともに見れない。
「花子、こんなとこにいたのか…心配したんだぞ?」
「え、や、あの…う、うん…ご、ごめ…ごめんなさい」
音を立てて頬にキスをされてしまうけれどシュウ君と目を合わせないまま挙動不審に返事をする。いけない。今この格好良すぎるシュウ君に抱き締められているって思うだけで心臓が爆発しそうだ。
すると目の前の彼はまたキョトンとして首を傾げる。
「アリスは…花子っていうの?」
「あ、う、うん…ごめんね、自己紹介してなかったね。」
「ううん、へいき…俺は、アズサ…無神、アズサ…なかよくしてね…アリス」
「誰が仲良くするか俺が許さないからな。ていうかアリスって何だ」
「シュウさんには…きいて、ない…アリスに、聞いてる」
ずいっと距離を縮めてまた私の手を握って微笑んだアズサ君にふにゃりと笑えば激怒したシュウ君。
そしてそんな彼にぷくーっと頬を膨らませて反論するアズサ君は本当に可愛い。
うん、やっぱり吸血鬼は可愛いんだ。
ん…ていうか、無神…って
「あれ、もしかして…まさか、コウ君も…ヴァンパイア!?」
「コウを…知ってる、の?」
「おい、花子…俺の腕の中で他の男の名前呼ばないで」
さ、流石絶世の美少年!この世のものとは思えない美しさ!そうかそうかコウ君もヴァンパイアだったんだ!だからあの美しさ!納得!
そんな事を考えていればぐいっとシュウ君に顔を持ち上げられて不機嫌な顔を視界いっぱいに広げられてしまい私はぼふんと音を上げて赤面して目を回した。
「あ、お、オイ…花子?」
「あ、アレ…目が…まわ、る…」
どうしてか、力が入らなくなってしまい
必然的にシュウ君に身体を預けてしまう形になる。彼は慌てて私を抱き締めていた腕に力を込めて抱きとめてくれたけれどもはや私の意識は朦朧としている。
どうしたんだろうか、格好いいシュウ君に見つめられておかしくなっちゃったのかなぁ。
「花子…?おい、花子…っ!」
「アリス…?」
不意にアズサ君の手が額に乗せられてヒヤリとした感覚に目を細める。
そしてアズサ君は少しだけ眉を下げて小さく呟いた。
「アリス…ひどい、熱。」
「は………?」
呆然としたシュウ君の腕の中で目を回しながら今までの状況を振り返る。
そう言えば最近ずっと家に帰っても仕事仕事で職場でも相当なストレス、極め付けにはこんな露出のあるドレスで寒空の下屋外に出たんだ。
そりゃ熱だって出るよね、私超人じゃないもの。
「あは…明日の仕事は休みに決定だなぁ…」
熱で震える私の声は虚しく夜空に響き渡った。
戻る