13:3650日の片想い


「ええっと…しゅ、シュウ君…さっきからそんなところで何してるの?」


「葛藤。」


「うん、ごめん意味が分からない。」


私はベッドの上で盛大に熱を出しながら部屋の隅っこに座ってじっとこちらを見つめているシュウ君にため息。

パーティ会場で意識が飛んだ私は気が付けば自室のベッドの上だった。
どうやらあの後シュウ君がここまで運んでくれたようで、お礼を言おうとして彼の姿を探せばこの状況だ。何と葛藤しているというのだ彼は。


「ホントは花子の傍に居たいけど…傍に行ったら絶対抱き締めてしまうから…そしたら花子、寒いだろ?」


「やだもう発想が可愛すぎてどうしようもない。」


そんな可愛すぎる葛藤をしながらこちらをじっと見つめられてしまってはこっちは別の意味で熱が急上昇だ。
小さく笑って大きい身体を折りたたんで隅っこでちまっとしている彼に手招きをする。


「シュウ君、私熱あるから…おでこ、シュウ君の手で冷やしてほしいな。」


「花子…ん、」


私の言葉に少しばかり嬉しそうにのそのそこちらに寄ってきたシュウ君はまるで犬のようで
そのまま優しく降って来た冷たく大きな手に瞳を閉じる。
ああ、なんだか心地いい。


「少しだけ…眠る、ね」


「おやすみ…花子、」


その心地よさから重くなった瞼を閉じると、シュウくんの冷たい唇が触れて私はそのまま夢の世界へと旅立った。




―それは酷く懐かしい夢だった。


「ねぇ、花子…僕のお嫁さんになってよ」


可愛い男の子が私の腰に抱き付いてそう言うのだ。私はそんな彼の頭を優しく撫でながら


「10年後、格好良くなったらまた告白してね」


そう言ってサヨナラしたんだ。





「ぁ…、夢…」


パチリと目を醒ませば見慣れた天井。
ああ、久々にあの夢を見た。
のそりと起き上がれば先程よりも体も軽くなり、熱もだいぶ下がっているようでベッドの縁で眠ってしまっているシュウ君の頭を二三度軽く撫でて、今まで自身が被っていたシーツを彼にそっとかける。

そして静かにベッドから降りてがっちりと厳重に鍵をかけられている引き出しに手をかける。


「…なつかしー。」


その中から一枚の写真を取りだして思わず顔を緩める。
普通に、平凡に過ごしてきた私の唯一の非凡な一日の記念写真。
そこには10年前のまだ幼い私と、どこの誰だかわからないあどけない男の子が写っている。


そう言えばあの日もこんな寒い日だった気がする。


学校帰りに迷い込んでしまった大きなお城。
探検気分で色々散策していれば見つけた大きな部屋に一人ぽつんと佇んでいた男の子。

その瞳に光はなくて、只々絶望に身を任せているような感じだった。

どうしてかそんな彼がほっておけなくて、徐に学生鞄を漁って手品、歌、人形劇など色々な事をして必死に彼を笑わせようと奮闘した。

けれど結局彼は笑ってくれることはなくて、小さくため息をついた瞬間その場の寒さに盛大にくしゃみをすれば、びっくりした彼が大きく目を見開いて、遂に小さく笑ってくれたのだ。

幼心にそれが嬉しくて私が思わず彼に抱き付いたのを覚えている。


それから数時間、色々お話をして次第に顔がゆるんでくる彼を見る度に私はぎゅうぎゅう抱き付いた。

遂に帰ら無ければいけない時間になり、その部屋を後にしようと扉に手をかければ「いかないで」と瞳に涙を浮かべて懇願されてしまった。

そして「ずっと一緒に居て、およめさんになって」って小さな彼の告白を受けて私は盛大に笑い、「10年後、格好良くなったらまた告白してね」と頭をわしゃわしゃと撫でて手を振り扉を閉めた。


次の日、気になってまたその場所へ訪れたけれどそこには何もなくて只々平野が広がっていて
昨日の出来事が夢じゃないのかと言わんばかりだったけれど、帰り際に自撮りしたこの一枚の写真が夢じゃないと必死に語りかけていたのだ。


「名前くらい聞けばよかったなぁ」


私の唯一の非凡な一日。
ふわふわとした笑顔の似合う小さな少年は今どこで何をしているだろう。

今もあの時の様に笑っていてくれていればいいのだけれど…

そんな事を考えていれば不意に細くて綺麗な指がトン、とその写真の中の少年を指さす。


「シュウ」


「…え、」


「逆巻シュウって言うの、コイツ。」


後ろから柔らかい声が聞こえて思わずビクリと体を揺らす。
するとクスクスと嬉しそうに笑う彼。


「てっきり忘れてるんだと思ってたから…嬉しい。」


「え、…う、嘘でしょ?」


勢いよく振り返ればにこにこと幸せそうに笑っているシュウ君。
そして徐に唇にキスをされてしまい思わず顔を赤くする。


「だ、だって…こんなに小さくて可愛い子が…」


「今でも花子は俺の事かわいいって言ってるじゃないか…」


何度も写真の中の男の子とシュウ君を見比べる。
確かに少しばかり面影はある…あるけれど…
ま、まさかこんなに大きくて可愛くて格好いいひとに成長するだなんて誰が思っただろうか。

呆然としている私を見てシュウ君はまたおかしそうに笑いながらぎゅっと抱き締めてくる。


「花子のくれた笑顔が…俺を今まで生かしてくれたんだ」


「しゅ、シュウ、君」


「だから、10年…待った」


そう囁かれて思い出す、初めて彼に出会ったあの夜。
ああ、そうか。
あの日は確かに幼い彼に出会ってから丁度10年目だと言う事に。
だからシュウ君は「今日から花子の彼氏」だと言ったのか。


「10年…大体3650日、淋しかった…」


「え、あの…えぇ?」


混乱している私をよそに抱き締める腕にさらに力を込めて何度も何度もキスをしてくるシュウくん。

あんなに小さくて可愛くて大きな瞳を潤ませていた子がこの目の前にいるお色気たっぷりの男子だと言うのが今でも信じられない。


「花子…俺、格好良くなった?」


「あ、う…ぅん…」


いつものようにくたりと首を傾げて尋ねてくるシュウ君に思わず肯定してしまえば満足そうに微笑まれてしまい徐に大きなシーツにくるまれてしまった。

もぞもぞと顔を出せばこつんと鼻同士が当たってしまい、どれだけ至近距離にいるのか認識してしまえばもうこれ以上にないくらい赤面してしまう。

そしてシーツごとぎゅっとまた抱き締められてしまいそのまま鼻先に唇を落とされた。


「もう離さない…離れない…だいすき、花子」


「シュウ君…一途すぎ…」


10年…10年も私を想っていてくれていたというのか?この何の特徴もない平凡な私を。
その事実が酷く胸を締め付けて、苦しくて、苦しくてそのまま自らシュウ君に抱き付いた。


「花子…どうか俺の3650日間の片想いに終止符を打って」


恥ずかし過ぎるそんな台詞さえも今では私の胸を締め付ける材料にしかなり得なくて
抱き付いた腕に出来る限り力を込めてしまった。


ああ、やっぱり写真の中の男の子は間違いなくシュウ君だ。
こんなに一途に一生懸命私に『すき』をくれる男の子なんて世界中どこを探しても彼しかいない。
平凡な私の日常は10年前から非凡に変わる運命だったのかもしれない。



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