15:紳士参謀と可愛い野生児登場
最近ようやく仕事が落ち着いてきたようで、家でもゆったり自分の時間を取れるようになってきた。
そんなある日、私は鼻歌交じりでスラスラと可愛らしい便箋に文字を綴ってゆく。
相変わらず肩に凭れてうつらうつらしているシュウ君はぼんやりと私の行動を眺めながら相手をしてくれと言わんばかりにぐりぐりと頭を動かす。
まったく可愛い自己主張だなぁもう。
「ねぇ花子…誰に手紙なんて書いてんの?」
「んー…?」
シュウ君が不思議に思うのも頷ける。
メールやチャットなどが発達したこのご時世にわざわざ手紙だなんて。
小さく笑って真っ黒でシンプルな封筒を彼に差し出した。
シュウ君はそれを受けとり徐に中身を取りだして綺麗な眉をピクリと動かした。
「………なんでコイツと文通してんの。」
「この前コウ君がお土産持ってきてくれたでしょ?だからお礼状を書いたらお返事書いてくれてね。」
「…さいっあく…!」
「わっ、」
小さく舌打ちをしたシュウ君はいきなりガバリと私を押し倒してそのままぎゅうぎゅうと抱き付いてきた。
え、何?どうしたの急に…
「シュウ君?どうしたの?」
「あーもう、当たった…俺の勘が当たった…さいあく。」
ブツブツと文句を言いながらも私を抱き締めたままごそごそと携帯を取りだす。
そしてまたコウ君を呼び出したときの様に恐ろしく高圧的な会話。
「おい、お前何で俺の花子にちょっかいかけてんだ。消えろ。今すぐ消えろ。もう二度と花子に関わるな。わかったな。」
ガシャン!
そう言い終えるとシュウ君は力任せに携帯を壁に向かって投げつけてしまった。
どうやら非常に不機嫌らしく、抱き締める力が強すぎて少し苦しい。
「やだやだやだ。アイツ本当に消えてくれないかな。」
「ちょ、シュウ…く、苦し…」
ドカン!
私が彼に抗議の言葉を言い終える前にド派手な音が扉から聞こえて
驚きの余り、シュウ君をぐいぐい押しのけながらそちらを見てみれば無残に玩具の様に取れてしまっているボロボロの扉。
…は?一体何事だ。
なんだかもくもくと煙も立ってしまっている。
そんな中ゴチンと大きな音と「イテェ!?」という男の子の声が聞こえた。
呆然と固まってしまっていればゆらりと一つの影が見える。
「わぁ…イケメンさん。」
「…………はぁ?」
思わず呟いてしまったが慌てて口を両手で押さえる。
けれどもう時すでに遅くて、シュウ君のお顔は怒りに満ち満ちている。
そりゃそうだ、お前彼女かよと言わんばかりの独占欲丸出しの彼の前でこんな言葉厳禁だもの。
どうにか弁解しようとあわあわしているとそのイケメンさんはつかつかと此方へ歩み寄って勢いよくシュウ君を蹴り上げた。
突然の事で思考が止まり、身体を固めてしまっていれば優しく抱き起されてそっと手の甲に唇を落とされてしまった。
その感覚はひやりとしていて、彼もシュウ君と同じヴァンパイアであると言う事を瞬時に理解させた。
「女性に覆いかぶさるだなんて、貴様野獣か何かなのか?逆巻の長男よ。」
「や、あの…いつもの事なのでお気になさらず。」
低くて甘いその声は先程の「イテェ!?」の声ではなくて、そしてどこまでも紳士的な彼の行動にドキドキしつつも
シュウ君を咎める彼の台詞に弁明すればこちらを向いてまた手にキス。
「嗚呼、やはりお前は優し過ぎるな…文面通りだ。」
「え、文面って…もしかして、“ルキくん”?」
「実際に会うのは初めてだからな。初めましてと言うべきか…」
ニコリと微笑まれてしまって、ぶわっと顔を赤くしてしまう。
この子がルキ君かぁ…黒髪に真っ黒な瞳。何だかシュウ君とは正反対ような子だなぁ。
そんな事を考えていればルキ君の身体が強く揺れる。そして大きな溜息。
「おい、逆巻シュウ。人の背中を蹴るとは何事だ…」
「うるさい、お前からやって来たんだろう。花子を返せ。殺すぞ。」
アレ、シュウ君その顔すっごく怖い。
その威圧感から思わず小さく体を揺らしてしまえばそれに気付いたルキ君が優しく頭を撫でてくれた。
「自身の最愛を怯えさせるなど、全くなっていないな」
「あ、だ、大丈夫だよ!」
「強がらなくても構わないさ…」
彼の言葉に慌ててわざと笑顔を作って明るい声で叫んでみたけれどルキ君はすべてお見通しといったように微笑んでまた手にキス。
それを見たシュウ君は酷く顔を歪めてルキ君に殴りかかろうとしたけれど、それは誰かの大きな手によって阻まれてしまった。
「おいニート、かわいい花子チャンの前で暴力はねぇんじゃねーかぁ?あぁ?」
「エド…ユーマか…」
とても大きな男の子が悪い顔でシュウ君を押さえつけた。
どうやら彼はユーマ君と言うらしいが、私はそんな彼のおでこに注目。
「………ええっと、」
険悪すぎる空気の三人を放っておいて私はこっそり抜け出しごそごそと救急箱を漁る。
そして消毒液とガーゼと取りだして静かに息を吸う。
「ハイ!一時!休戦!」
大きく声を張り上げれば三人ともびっくりしてこちらを見つめる。
固まってしまった彼等の中の一人、ユーマ君の前にゆっくりと向かっていけば動揺したのか彼は掴んでいたシュウ君の腕を離す。
「な、何だよ…」
「よ…っと、あ、アレ…届かない…」
背伸びをしても彼の額には届かず、ブルブルとそれでも精一杯背伸びをしていれば後ろからクスクスと笑うルキ君。
「ユーマ、屈んでやれ。」
「お、おう…?」
ルキ君の言葉におずおずとその場にしゃがんでくれたユーマ君にほっと息をついてぺちっと消毒液を吹きかけたガーゼを額に当てる。
「いいいってぇぇぇ!?」
大きな断末魔と共に大きく体を揺らしてしまうユーマ君に思わず苦笑。
ああ、やっぱり先程の「イテェ!?」はこの子の声だったか。
きっと背が高すぎて扉の天井に額をぶつけてしまったのだろう。
よほど痛かったのかぶるぶると震えながこちらを見上げるユーマ君はお約束通り可愛らしくて私は思わずへにゃりと笑う。
「ああ、やっぱり吸血鬼ってかわ…いぃ!?」
「そこまでだ。」
勢いよく後ろに身体を引っ張られて体が宙に浮く。自分の状況が一瞬理解できなかったけれどいつもより近すぎるシュウ君の顔と未だに宙に浮いている自身の身体にようやく事態を把握する。
「しゅ、シュウ君!重いから降ろして!」
「重くない。もっと食べろ、今度ケーキ買ってきてあげる。」
え、マジで?じゃぁ最近新発売のいちごのタルト…
…じゃない!じたじたと彼の腕の中で暴れるけれどがっちりと抱きとめられてしまい全く身動きが取れない。
「こ、コレお姫様がされる抱き方でしょ?私にはレベルが高すぎる!」
「大丈夫。花子は俺のお姫様だから。」
「なんと!」
恥ずかし過ぎる台詞に思考は大爆発だ。
そんな私をよそにシュウ君はルキ君と話を進める。
「消えろ。花子に近付くな。」
「それは聞けないな。どうやら俺は花子を気に入ったようだ。ソイツを頂こうか」
「はぁ?ふざけるな。花子は俺のだ。誰にも渡さない。」
とんでもなく険悪な雰囲気にどうすればいいかわからず目を泳がせる。
するとバチリとユーマ君と目が合い、きょとんと眼を開いた彼は私の無言の訴えに「あー」とめんどくさそうに二三度頭を掻いてルキ君の元へ歩み寄った。
「おーいルキィ。花子ちゃん泣きそうだぞ〜?」
「ああ、そのようだな…少し突然すぎたか…」
私が酷く動揺している事に気付いたルキ君はゆるりとこちらに近付いて優しく微笑みかけてくれた。
「今日はこの辺で退散しよう。またな…花子、」
「え、あの…」
「“また”なんて存在しない。もう二度と来るな。というか死ね。馬鹿。」
シュウ君の悪態を無視してポンポンと優しく頭を撫でて何事もなかったかのようにこの場を去っていった。
取り残された私達は暫く無言だったがそれはシュウ君の長い溜息によってかき消された。
そして彼はそのままその場に座り込んでぎゅうぎゅうと私を抱き締める。
「シュウ君…大丈夫?」
「大丈夫じゃない…花子が取られる…」
抱き締める腕は震えてしまっている。
いつもは余裕めいてるくせにどうしたんだろうか…?
「花子…どこにもいかないで…」
何度も何度も掌に唇を落とす彼の姿に酷く胸を締め付けられる。
ああ、こういう時はどうしてか昔の彼の姿と重なってしまう。
もうアレから随分と時間が経ったって言うのに変わらない彼の一面…
何も言わずにぎゅっと彼に抱き付けば言葉を詰まらせて只々私を抱き締める腕に力が籠められる。
痛いし苦しいけれど、今回は彼を安心させるために少しばかり我慢しようと小さく息をついて目を閉じた。
「…それにしてもルキ君はどうして私を気にいったんだろうねぇ。」
「花子が…やさしいから。多分…ユーマも気に入ってる…ああもう、さいあく…ライバル多すぎて死にそう…」
シュウ君のそんな言葉に私は呆れて笑ってしまった。
ライバルって…みんな可愛い子たちばっかりなのに何言ってるんだか。
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