16:待てない、待たない


「なぁ花子…明日は何か用事ある?」


「ん?明日は…いつもの如く休日出勤だけど。」


いつも通り私の肩に頭を預けながら少しだけそわそわした様子のシュウ君が訪ねてくるから
素晴らしき社畜精神な回答をする。

するとシュウ君はすごく、それはもうすごく長い溜息をついて普段より強めにぐりぐりと頭を擦り付ける。
…マーキングされてる気分。


「…………花子のばか。」


「え、なんで?いきなりそんな暴言。ひどくない?」


「酷くない。俺、すごい可哀想。」



何にそんな不機嫌なのか分からないが、その綺麗な唇をぶーぶーと尖らせて「もう花子の会社マジ潰す」とかとんでもなく恐ろしい事を口走っていたが怖いから敢えて聞かないふりをした。



「…………そう言う事か。」


次の日会社に赴いて社内に漂う甘い香りでようやく昨日の彼の不機嫌の理由が分かった。


今日、バレンタインだ。


だからシュウ君昨日そわそわしたり、私が出勤って言うと不機嫌になったのか。
………彼女か。

こういう行事って言うのは女の子がそわそわするモノでしょうに。
まぁそれにしても昨日のシュウ君の顔を思い出す。


『…………花子のばか。』


小さい子供がおあずけを食らったような拗ねた顔。
流石に可哀想かも。


「はぁ…仕方ないな。」


小さく息をついて仕事の作業効率を一気に上げる。
きっとシュウ君はまたいつも通りの時間に私を迎えに来るのだろう。
だったら私に出来る事はひとつだ。





「おつかれ…って、何か買い物?」


「うん、ちょっとね。」


やっぱりいつも通りの時間にやって来たシュウ君は私が手に持っている袋を確認して首を傾げる。
もうこれを買うために私は今日死ぬ気だったんだから。

徐に袋を持とうとしたシュウ君の手を防ぐためにあいている手で握ってみれば、ビクリと身体を揺らす。
…相変わらず私が積極的になるのには弱いんだなぁ。


「ちょっと急いで帰ってもいいかな?」


「?うん、いいけど…」


私の要望にまた首を傾げつつもいつもより少しだけ早足での帰路となった。



「花子、何かあった?なんか様子変だけど…いじめとか?言ってくれたら消すけど、」


「何でいちいち物騒なの。違う違う。取りあえず座ってて」


「ん、」



家に到着した後ガタガタと素早く仕事着を別室で脱いで部屋着に着替えて慌ただしく袋の中身を確認していればシュウ君の恐ろしい一言。


そんな彼にこたつの中で待機するよう指示を飛ばせば小さく返事をしてもぞもぞ入っていって蹲ってキッチンにいる私をじっと見つめる。


身長高いくせにどうしてそう言う可愛い仕草をするのかな。だから私は君を彼女か!っていつも心の中で思っているのだけれど。
そんな事を考えながらも手は素早く動かして、そんな可愛い彼への贈り物を完成させていく。


だって早くしないとシュウ君淋しくなっちゃって絶対こっち寄ってくるんだもの。
…うん、やっぱり彼女だ。



「よし」



そんなこんなで完成した代物を持ってシュウ君の元へ足を向ければ待ってましたと言わんばかりにがばっと起き上がる彼。
自分で言うのもなんだけれど、本当に愛されてるなぁ私。


そんな彼に苦笑しながらもコトリと本日の贈り物を目の前に差し出してやれば
いつも眠たそうなその瞳が大きく開かれて、ゆっくりこちらを覗き込む。


「花子…コレ、」


「今日バレンタインだもんね。ごめんね昨日気付かなくて。シュウ君すごくしょんぼりしちゃってたから急いでお仕事終わらせて材料買ってきてたんだー。」


それは少しばかりほろ苦いガトーショコラ。
甘いものが苦手なシュウ君でも食べられるようにちゃんと味も考慮させてもらっている。
だから彼でも問題なく食べられるはず…なんだけど…


「しゅ、シュウ君…?」


「どうしよう…」


じっとそのガトーショコラを見つめながら呟いたシュウ君の頭をポンポンと撫でてやる。


「大丈夫だよ。ちゃんと甘くないように作ったからシュウ君でも食べれるよ?」


「そうじゃなくて…勿体無くて、たべれない。」


「…わぁ。」



なんでそんな可愛い事いっちゃってくれるかなこの子は。
でもせっかく作ったんだし食べてもらいたい。

それに昨日は知らなかったとはいえシュウ君を傷付けてしまった事は事実だし…
なら、少しばかりのお詫びとしてちょっとはサービスしてあげてもいいかもしれない。


「シュウくん」


「ん?」


徐にガトーショコラを一口分掬い上げて、ちょんと彼の唇へと当ててみる。
そしてにっこり笑って出来る限りの可愛い声を作ってこんな言葉。


「シュウ君シュウ君、僕をお食べよ」


「〜っ!」


ぼふんと、何かいけない音が立ったと思えばシュウ君はこれでもかっていうくらい顔面を真っ赤に染めてしまう。

そしてすこし空いてしまっているその口にひょいっとケーキを放り込んでやれば反射的に口をむぐむぐ動かしてくれた。


「どうかな?おいしい?」


「ん。ねぇ、花子………」


私の問いに、彼は短く返答したかと思えば徐にちゅっと音を立てて唇にキスをした。

そしてそのまま全体重をかけて私に抱き付いてくるものだから支えきれず後ろへ勢いよく倒れてしまう。

勿論勢いがあったので私の後頭部はごちんと鈍い音を立てて地面と盛大にキスをする。
い、痛い!


「ちょ、シュウ君?」


「お返しは、俺でいいよな…?」


私の上でにっこりを嬉しそうに笑ってそんな事を言うシュウ君。
そんなに嬉しかったのかな?

というか、さっきからずっと何度も何度も瞼やら頬やら額にずっとキスされ続けてるんだけれど逃げたくてもシュウ君が覆いかぶさっているのでそれもかなわない。


「や、あの、お返しって…ホワイトデーなんじゃ、ない?」


頑張って逃れようとじたじた体を動かそうとするけれど
がっちりと抱き締められてしまってもう動く事さえできない。
そして私の言葉にシュウ君はむすっと膨れてしまう。


「やだ、一か月も待てない。っていうか待たない。」


「まってまってまって!お願いだから待ってください!」


「…じゃぁ待ったらその後俺をもらってくれる?」


くてんと首を傾げながらずいっと顔を覗き込んでくるものだからもう私の顔はトマトのようだ。
それを見たシュウ君は今度は満足そうに笑う。


「ふふ、花子かわいい…」


「も、もう…わかった…わかったから…今は残りのガトーショコラ食べてくださいお願いします。」


恥ずかしさでいっぱいになってしまって
顔を隠して震える声で言えば私を抱き締めている腕の力が強くなる。

そしてもう近すぎるイケメンなシュウ君の顔に心臓が壊れそうなくらい早くリズムを刻む。


「じゃぁ、さっきみたいにたべさせて…?」


「お、仰せのままに…」


耳元でそんな台詞。
私は観念して従う選択肢を選べば彼は心底幸せそうに笑った。



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