17:部品賛歌


「ん?…んん?」



いつもの仕事帰り、少しだけ早く退社した私は目の前の光景に目を細めた。
そしてそれが幻覚でない事を確認して引き攣った微笑みを作る。



「ああやはり…貴女は作り笑いが非常に下手ですね、花子さん。」



「レ、レイジ君おひさしぶり〜」




正直このシュウ君の弟であるレイジ君にはいい印象を持っていない。
以前会った時も人間である私を餌呼ばわりだし、何よりもその見下したような蔑んだような瞳が苦手だ。



「少し、お時間宜しいですか?」



「え?あ、う、うん…大丈夫だよ」



そんなレイジ君の意外過ぎるお誘いにチラリと時計を見ればいつもの退社時間より2時間ほど早い。
彼のお兄ちゃんが来るまで時間があるから断る理由もなく彼の後をついて行った。





「それにしても…まさかあの穀潰しにまた大切なものが出来るなんて思ってもみませんでした」



「あは、あはは…それって私の事かな?」



近くの洒落たカフェに入って可愛いケーキセットを注文してそれをもぐもぐと頬張れば
彼はふわりと微笑んでそんな台詞を吐いた。
引き攣りながら問うてみれば更にその笑みは深くなってそれを肯定してしまう。
…なんだか、シュウ君の大切なものが私とか、照れるんだけど。



「嗚呼、また…奪わなければ」



「レイジ君?」




彼の小さな言葉を聞き逃すことはなくて首を傾げれば
張り付いた笑顔のままで少しだけ昔話。



「私はね、彼の…穀潰しの大切なものを全て奪ってきたんですよ。」



「それは、どうして?」



「私がどれだけ努力しても努力しても持ちえなかったものをアイツは…生まれたときから持っている。なのに、それも当然かの様に振舞う彼が…許せなくてね」



その瞳はどこか狂気じみていて、そのまま私を射抜く。
けれど私はどうしてかその瞳に怯えることはなかった。
代わりにと、腕に付けていた時計を外してずいっと彼に見せる。



「花子さん?」



「レイジ君はさ、コレに嫉妬してる感じよね。」



カチカチと時間を知らせる腕時計をゆらゆら見せて微笑んだ。
私は短い時間だけしか彼と接してはいないけれど、それでも十分すぎる程彼の魅力を知っている。



「多分シュウ君はこの時計全体って言う存在で…レイジ君はコレ。」



「ネジ…?」




今度は私の言葉にレイジ君が首を傾げる番だ。
そんな彼の反応を見て私はまた笑ってピンっと、その時計のネジを弾いた。
すると途端にその時計は機能を果たさなくなる。




「普段はこうして時計ばかり目立つけれど、コレ、本当はこうしたネジがないと何もできないガラクタなのよね。」



そう、シュウ君は本当に王子様みたいで格好良いし可愛い。
けれど、だからって果たして本当にレイジ君が何も持っていないと言えるのだろうか。




「前のパーティで私のドレスや装飾品、ヘアスタイルまでプロデュースしたのはレイジ君よね?勿論お城への根回しだって貴方。…それって、誰もが出来るって訳じゃないでしょ?」



「…………、」




ぴん、ぴん、ぴん
時計からネジ、歯車、指針、色々取り外していく。
それを彼は只々じっと見つめているだけ…



「世界中みんなが器だけじゃ回らないよ。レイジ君のような部品様だって必要…ううん、寧ろレイジ君みたいな人の方が必要だと思う。」



「花子さん…」



もう既に空洞となってしまった元時計を見て私は苦笑。
そうだよね、誰だって主役になりたいし、憧れるよね。
でもさ、みんなが主役ってどうなの?そんなの楽しい?



「私はね、脇役が最高に輝いてこそ、この世界は美しいと思ってる」



これは平凡すぎる私の持論だけれど
世の中リーダーだけで何が出来るんだって話。
彼らが動かす駒が優秀でなければ結局そのリーダーは倒れてしまう。
だから戦略とかも大事だと思うけれど、駒の実力も大事だと思う。



「レイジ君はさ、この子達どうでもいいかな?嫌い?」



「………、」



バラバラの部品を並べて聞けば何もしゃべらずに只々黙り込んでしまった。
まぁそれもそうか。
今までシュウ君を羨んで妬んで憎んで、彼の大事なもの全部奪い取って来たんだ。
そう簡単に自身の存在をハイそうですかって認めることが出来れば訳ないもの。



静かに笑って何度か彼の頭を撫でればビクリと揺れる体。
けれどそんな反応、私は鈍感だから気付かないふりをする。




「少しずつでいいからさ、レイジ君はレイジ君の頑張りを認めてあげてもいいんじゃない?きっと一番認めてないのはレイジ君だよ」



「…、そう、かも…しません、」




努力して努力して努力して、それでも絶対にかなわない兄を憎んで…
周りも見ていなかったんだろうけれど、彼も自身の実力を見ていないから誰かを羨むんだ。
向上心って言うのはあって越したことはない。
けれど持ちすぎて上を向き続ければ首が疲れてしまうよ。



「もっと自分を認めてあげなよ。レイジ君はすごいんだから。」



「………ふふ、」



私の言葉にようやく彼が笑った。
多分心から。
だってさっきの張り付いた笑顔じゃなくてその顔、どこかシュウ君に似てるもの。




「穀潰しが…シュウが花子さんに甘えるの、分かった気がします。」



「?レイジく、むぁ!?」



彼の言葉の意味が分からず首を傾げれば急に放り込まれた彼の分のケーキ一口分。
条件反射でもぐもぐと口を動かして幸せに笑えば彼も柔らかく微笑む。



「優秀な部品から、せめてものお礼ですよ。」



いたずらっ子の様に笑うレイジ君はやっぱり例にもれず可愛くて
嗚呼、私はいつになったらこの可愛すぎる吸血鬼達に女子力で勝てるのかなんて悲しくなって溜息をついた。



「ねぇ、花子さん…私も貴女に甘えてもいいですか?」



「ん?別にそれくら、」



「ダメに決まっているだろ」




彼の可愛いお願いに素直に頷こうとした時、とんでもなく不機嫌な声が上から降ってきてしまった。
ビシリと固まってギギギと首だけ動かせばそこにいたのは紛れもない彼のお兄ちゃん。



「しゅしゅしゅしゅシュウ君…」



「花子、まさかレイジに浮気?」



「おやおや、どうやら無能な器のご登場のようだ。」




滝汗を書いている私とは反対にレイジ君は余裕めいて笑う。
あ、もしかしてちょっとは吹っ切れた感じかな?
だったら嬉しいなって思って笑えばシュウ君の綺麗な顔に青筋が浮かぶ。



「おい、レイジ。花子になにかしたんじゃないだろうな。」



「ええ、本当は毒でも仕込んで殺そうかと思っていましたが…気が変わりました。」


「まさかの生命の危機だった私!」




思わぬ彼の台詞にびっくりして叫べばふいにちょんっとレイジ君の長い指が私の唇に触れる。
そしてくたりと首を傾げる仕草はやっぱりシュウ君に似ている。



「ご安心を。もう貴女を葬ろうなんて考えませんよ。」



「ぅむむむん(レイジ君)」



上手く喋れないまま彼の名前を呼べばまた嬉しそうに微笑んだ。



「ねぇ花子さん、今度は屋敷に招待させてください。とっておきの茶葉でお迎えしますから。」



「おいレイジ、勝手に話を進めるな。俺が許すわけないだろう。」



「おや、穀潰しの意見など聞いておりませんよ。私は花子さんと話しているのです。」



シュウ君が今にも本気で怒りだしそうなオーラに対してレイジ君はそんな彼を飄々とかわす。
…これ、もしかしなくても結構な度合いで吹っ切れちゃった系かも。


そんな事を考えていれば徐に体が勢いよく宙に浮いてしまい、周囲のざわめきと自分の格好に顔を赤くさせたり青くさせたりしてしまう。



「シュウ君!店の中でお姫様抱っこって!!お姫様抱っこって!!」


「うるさい、花子が浮気したのが悪い。」



「してない!誤解!冤罪!!!」



「おや、私はその誤解を真実にしてしまっても構いませんよ?」




じたじた彼の腕の中で暴れても全然解放なんてしてくれなくて
それどころかぎゅって抱き締める腕に力が込められて身動きが全く取れなくなりそのまま足早に店を出ていってしまった。


シュウ君に抱き締められながらチラリとガラス越しに見たレイジ君は
机の上にばら撒かれた部品を愛おしげに見つめていた。




「…シュウ君、レイジ君を怒らないであげてね。」



「…分かってる。花子は優し過ぎ。」



「社畜だから、歯車たちの気持ちが分かるだけだよ」




そう、さっきレイジ君に話していたのは多分自分自身の事だ。
何のとりえも特にない、面白みのない私がこうして平凡にこの現代社会を生き延びてきたのは
ああいった持論のおかげで、結構彼の気持ちもわかったりするんだ。



「花子は…花子、は」



「ん?シュウ君?」



「………………何でもない、帰ろ。」




ゆらゆら揺れた彼の瞳に疑問を抱いても
シュウ君はそれ以上何も話してはくれなかった。



只、いつもよりぎゅっと痛いくらいに抱き締められていた気がする。



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