20:大根参謀の誘惑


「「あ。」」



人生こう言う事があるから面白い。
意外過ぎるところで意外過ぎる人物に会ってしまってお互い固まってしまう。
互いの手は重なったままである。



スーパーの特売品の大根の上で。




「ご、ごめんねルキ君…最後の一つ譲ってもらって…」



「い、いや構わない…だが、その代わりと言っては何だがこの事は他言無用願いたい」




お互い視線を泳がせながら隣り合って帰路についている。
あの最後のタイムセールの大根はありがたくもルキ君に譲って頂いた。
そして更にその特売品ばかりのスーパーの袋も重いだろうからって持ってもらっている。
…何だか、こうして無条件に優しくしてもらう事ってないからちょっとくすぐったい。



「ルキ君って高級百貨店のイメージだったんだけど、ああ言う所よく来るの?」



「ああ、そうだな…弟達が無茶をするから家計のしわ寄せが…」



「ふふ、お兄ちゃんは大変だなぁ…」



「笑うな、馬鹿」




手紙を何度もやり取りしていて少しばかり彼の苦労も知っていたが
現実にこうやってみると微笑ましくて思わず笑みがこぼれる。
するとルキ君は少しばかり困ったように笑って、空いていた手で私の額を小突く。
なんだかその扱いが彼の妹みたいで何だかおかしい。


私の方が年上なのに、どうしてか安心する。



「ルキ君お兄ちゃんみたい」



「……………なってやろうか?」



私の零れた独り言にじっと顔を覗き込んでそんな事を言うルキ君の真意が掴めない。
首を傾げれば彼は真剣な顔のまま言葉を続ける。



「花子はよく俺の同胞に甘えられているようだが…花子はどうなんだ?」



「え?」



「花子は、誰かに甘えられているのか?」




その言葉は鈍器にで殴られたような衝撃だった。



だって吸血鬼のみんなは可愛くて、年下で
そんなそもそも甘えるとかそう言った単語が私の中に存在しなかった。
甘えたいとも思わなかったし、甘えようともしなかった。
それは最近の事だけではなくて今までだってそうだ…



誰かを甘やかすって言う事が心地よくて自身が心を委ねたことってあっただろうか…



心臓の音がうるさい。
視界も揺れる。
今までの私の考えを全てぶち壊されたような衝撃だ。



「花子、逆巻シュウはやめておけ」



「ルキ君?」




彼の真剣な言葉はさらに続く。
それは本当に心から私を心配してくれているようで…そんな大きな優しさ、私は知らないから酷く動揺してしまう。



「アレは…ああ見えて、逆巻家の長男だ。このままいけばいずれ奴が家を継ぐ。」



「…………、」



そうか、いつも私にべったり甘えてきているシュウ君…忘れがちだけれどご長男だった。
そしてどうやら彼の家って言うのも大きなものらしい。
…ルキ君の言いたいことは分かる。




釣り合わないのだ、私では。




貴族で王子様のシュウ君と、平民で一般人の私ではそもそも住む世界も息をする空間さえも違う。
こうして一緒に居ることが奇跡なのだ。





ふわりと、ルキ君の手が私の頭を撫でる。
ゆっくり、慈しむ様に…何度も何度も…




「花子を、泣かせたい訳ではない」



「う、ん…わかってる…よ、」




でも、釣り合わないとか…そんなの、分かってたことなのに
どうしてかこうして言葉にされると深く胸が抉れるような感覚になるのだろうか。



「花子は俺ぐらいが丁度いいのではないのか?」



「どういう…」



あ、また困ったように笑った。
この笑い方、ルキ君のくせなのかなぁ…
ぼんやりそんな事を考えていれば不意に頬に冷たい感触。



「こうやって、近くのスーパーに行って、特売品を見て、並んで帰る…平凡だが幸せだと思わないだろうか。」



「それは、」



割き度口売るを落とされしまった頬に手をあてがいながら言葉を詰まらせてしまう。
確かに…確かにそんな日常、平凡だけれど酷く幸せだと思う。
でも…でも、




「私…、」



「やはり、逆巻シュウがいい…か」




言い辛かった言葉をルキ君が代弁してくれて
私は彼の優しさに只首を縦にふるだけだった。




「花子…自身が傷付く前に逆巻シュウを見限れ。…俺が甘やかしてやるから」



また優しく頭を撫でられてしまい、涙腺が緩みそうになる。
ああ、やっぱりルキ君はお兄ちゃんなんだな…
こうやって誰かを無条件に甘やかす術を知っている。




それは弱点まみれの私の中でも最大の弱点だ。




誰かを甘やかすのは心地いい。
けれど、こうして大きな愛情に包まれてしまえばそのままとめどなく溺れてしまいそうで怖い。




「花子?なんで泣きそうなの…つか、何でお前と一緒なんだ。」



家の近くの道筋で私を探していたであろうシュウ君と鉢合わせる。
彼は私の顔を見て酷く驚いた様子だったけれど、隣のルキ君を認識した途端に
その優しげな声が低く、棘のあるものへと変わる。



「花子をこっちへ寄越せ」



「逆巻シュウ、貴様も花子を想うのであれば身を引くべきではないのか?」




「はぁ?何の事だ。花子、来い」




ルキ君の言葉に眉間に皺を寄せて、いつもの様に「おいで」って言わないで
それこそ有無言わせない力で私の腕を引っ張ってそのままずんずんと私の家へと進んでいってしまう。
彼の長すぎる足に必死について行きながら後ろを振り返ればまたルキ君は困ったように笑っていて小さくため息をついていた。





今日ルキ君の口から出された言葉は全て事実だ。





私は良い大人のクセに何を夢見ているのだろう…
でも…でも…



ずんずん進んでいくシュウ君に必死について行きながら
私はこの繋がれた手を離さないようにと必死にぎゅっと握った。






(「なぁ、花子…玄関に大根の入った買い物袋ぶら下がってるけど…」)



(「………………あ、」)



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