30:拝啓、キミ
「花子、デートしよ。」
「…また開始10分で眠ってそのままUターン?ここってタクシーあるっけ…」
「…今度は平気。」
逆巻家のお屋敷でお世話になってしばらくしたある日シュウ君が唐突にそんな事を言いだした。
私の言葉に相変わらずふくれっ面な彼にぐいぐいと腕を引っ張られて外へと飛び出す。
チラリと見えたカレンダーに小さく息を吐いた。
…今日で私の休日最終日。
「う…うぅ…やはり私ごときではシュウ君にはふさわしくないと」
「関係ない。」
もっさり。
そんな言葉がふさわしいくらいに私の両手にはシュウ君宛のラブレターがどっさりである。
二人で外に出たのがここでは初めてで、道行く可愛くて綺麗な女性達が何故か私にカラフルなラブレターを託していったのである。
「まぁでもやっぱり文章にしたら伝えられない気持ちも書けるし分かるっちゃ分かるけどね。」
「…………そういうもんなの?」
くたりと首を傾げる彼に苦笑。
いつも言葉と態度で表しまくってるシュウ君的には少し新鮮だったかな?
暫く何かを考えていたシュウ君はそのまま私を置いて何処かへといってしまった。
ちょ、ちょっと待って…今私を一人にしてしまうと…!
「ああっ!いた!彼女よっ!」
「で、デスヨネー…」
シュウ君が離れた瞬間、私はうら若き女性吸血鬼達に囲まれてしまった。
くっそ!シュウ君に罪はないけれどシュウ君め!!!
「ごめん、ちょっと離れた………って何コレ。」
「シュウ君が愛されまくってる証拠。」
ようやく帰って来たシュウ君が私の状態を見て小さくため息。
両手に大きな紙袋を持たされて、そこに溢れんばかりの手紙たちである。
「………俺には花子だけなのに。こんなの。」
「ははは…、ハハ。」
引き攣った笑いを見せればシュウ君はとっても不服そうに頬を膨らませた。
しかし、意外にもシュウ君は無言で両手の紙袋を持ってくれてその空いた私の手をぎゅっと握ってゆっくり何処かへと進んでいく。
…あれ、てっきり「全部捨てて」って言うんだって思ったのに。
「ここ…、」
「似てるだろ?あの場所に。」
連れて来られたのはどこまでも広がる平原。
そう、10年前シュウ君に出会って次の日また彼に会いたくてやって来た場所にそっくりだ。
じっとその場を見つめていればドサリと何かが置かれた音。
不意にその音の方を向いてみればシュウ君が紙袋を地面に置いて一つの手紙を持っていた。
「シュウ君?ソレ、誰の?」
「………俺の。」
彼はそう言うと少しばかり震える指で真っ白な封筒の中から一枚、便箋を取りだして
じっと、こちらを見つめて少し困ったように微笑んだ。
「手紙の方が、伝えられない気持ち…書けるんだろ?」
「シュウ、く…」
「拝啓、花子様…」
私の言葉を遮った少しばかりはっきりした彼の声に思わず息を呑む。そしてじっとその台詞の続きを彼を見つめたまま待っている。
「貴女を好きになって10年、そして貴女の恋人になって共に過ごしたこの時間…俺はますます貴女を手放せなくなりました。」
彼の視線は便箋に落とされているから私と合うことはない。
けれど今はこれでいい。
私もシュウ君も今にも泣いてしまいそうなんだもの。
「遂には貴女から全てを奪ってしまい、大変申し訳なく思っておりましたが…それでも貴女はそんな俺に愛の言葉をくれました。」
今までの事が走馬灯みたいに頭の中をよぎる。
10年前の幼かった私達、そして10年後突然彼氏宣言してきたシュウ君。
それからはもうホントめまぐるしくて沢山の可愛い吸血鬼に出会う度にシュウ君が激怒していたのは記憶に新しい。
「けれど俺はもう一つ…最後に貴女から奪いたいものがあるのです。」
「シュウ君?」
くしゃり。
彼の持っていた便箋がその大きな手によって少しだけ皺になる。
震える指先、そして瞳。
彼が何を言うのかは分からないけれど迷っているのは分かる。
けれどもう私としてはそんなの今更で、彼を勇気づけようと近付けばそのまま彼の腕の中へと閉じ込められた。
ふわりと、先程まで握り締めていた便箋は空に舞った。
「花子………人間のお前を、俺に頂戴?」
じっと、必死に、縋るようなその瞳と台詞に
私は思わず吹き出してそのままぎゅうぎゅうと彼を抱き返した。
「ふふ…やっぱりシュウ君が彼女だね。」
「花子、俺は真剣に…、」
だって仕方ないよ。
私はとっくにルキ君に連れられて再びパーティ会場に足を踏み入れるときに全て覚悟してたって言うのに
こんな事を不安げに聞いてきちゃうだなんてもう本当に可愛いんだから。
しかも面と向かって言えないから態々手紙買ってきて文章に起こしちゃうだなんてさ。
もうこんなに可愛いひと絶対に離したくない
「いいよ、全部あげる」
「花子………、」
私の言葉に本当に安心したように微笑んだ彼はそのままもう付き合い始めて何度目かわからない優しいキスをすると
コツンと額をくっつけ合って嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、花子」
「…ちがうよね?はい、もう一度。」
感謝の言葉にわざとらしく不服そうな顔をすれば
察しがいいシュウ君は顔をボフンと赤らめてあーとかうーとか言い出した。
そして最終的に降参と言ったような、困ったような、嬉しそうな…幸せそうな顔で微笑むのだ。
「花子、愛してる」
ああ、その言葉…その言葉が欲しかった。
貴方の「すき」も「だいすき」も愛おしけれど
この言葉以上に素敵なものはないもの。
うれしくて、嬉しくて、愛おしくて
思わず自ら彼にキスをすれば赤かった顔は更に赤くなってしまい
やっぱりシュウ君は彼女だと言えば不服そうに俺は花子の彼氏と言い張る。
そんな会話さえも愛おしくてお互いにまた微笑み合って指を絡めて幸せのキスをする。
風によって倒れてしまった紙袋から溢れた色とりどりの手紙達が
まるで綺麗な花達のようで、何もない平原に色を与えてくれた
今はまだ知らない。
その手紙たちが全ておめでとうと言う祝福の言葉ばかりだと言う事を
『ねぇ、あいしてる』
どちらかからなんて分からないそんな言葉に二人で笑って泣いて抱き締めあった。
さようなら私の平凡生活。
けれどびっくりするくらい後悔していない。
抑揚のない日々を捨てて手に入れたのは
私を愛する可愛すぎる吸血王子様だったから。
―FIN―
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