4:名前で呼んで
「デートしよ。」
「…だから私はまだ認めてないって」
「明日、休みだろ?仕事。んじゃぁ。」
「話聞いてくれるかなぁ!?」
私の抗議は虚しく部屋に響き渡り、早々に家の扉が閉められる。彼曰く明日の為に寝だめするらしい。
あれから何故か退社後は逆巻君が私を迎えに来て家に直行コースが定番と化してしまった。
そして何をする訳でもなく大体私の肩を枕にして寝ている。
たまに膝に頭を乗せて寝たりもする。
レアな時は何故か私のベッドで爆睡して家の主である私が一睡もできずに出社した日もあった。
…あれ、寝てばっかりじゃない?
でも彼は言うのだ。
「俺最近すげー頑張って起きてる」
…と。お前今までどれだけ寝てたんだと聞きたかったのは内緒の話である。
そんな彼が明日デートだと?無理無理。無理に決まってる。どうせ途中で寝ちゃって終わっちゃう感じだ。
分かり切ってしまった明日の結末に小さくため息をついて自身もベッドにもぐりこんで目を閉じた。
ゆさゆさ。
何かが私の体を揺らしている。おいおい、今何時だと思ってんの。ゆっくりと目をさまえば入ってくる目覚まし時計の文字。
まだ朝の10時じゃないか…と、再び目と閉じようとしたのだが次の声で盛大に目を覚ます。
「花子、起きて。」
「何で逆巻君が私の部屋にいるの!?昨日帰ったよね!」
「今日デートって言ったじゃないか。」
むすっといつも通りむくれてるけど誤魔化されないからな!どうやって入った!
おもいっきりベッドから飛び上ってそう彼に問い詰めたかったけれどずいっと顔を寄せられて言葉に詰まる。
硬直してしまってるとニッコリ微笑む逆巻君から爆弾発言。
「いつまでそうしてんの?着替え手伝って欲しいの?」
「ウィッス、着替えます。5秒で支度します。」
真顔で彼の申し出を丁重にお断りしつつ全力で準備をする。くっそ、なんでこんな朝っぱらから…逆巻君もよく起きれたなぁ。いつもあれだけ寝てるくせに。
そんな事を考えつつも手早く服をチョイスしてお化粧も完成させていく。
「ん、かわいい。」
「うはは、私のすっぴんは可愛くないってか。」
「ううん、全部可愛い。好き。」
「わ、わかった、わかりました。」
準備が完了して再び逆巻君の元へ行くと彼はご機嫌で額に軽くキスをしてそんな事を言うもんだからいやみったらしく反撃すれば数倍にして返されてしまいあえなく撃沈。
「逆巻君ってホント私の事好きだね…」
「うん、好き。だから…そろそろソレ、卒業して。」
「それって?逆巻く…」
尋ねてみるとむにっと唇に彼の人差し指をあてがわれてしまった。そしてちょっとしょんぼりした顔。
あ、やだその顔も可愛い。
「シュウ、って呼んで。」
「え、」
みるみるうちに赤面するのが分かる。
や、うん逆巻君が私の事名前で呼んでるんだから別に彼を名前で呼んだって別に違和感はない。ないのだが…
「あ、の…ちょーっと恥ずかしい、かなぁ…なんて…」
「?なんで?ねぇ…言って、この口でさぁ…」
ずいっと顔を近付けられて余計に顔を赤くしてしまう。そして彼の指は楽しげに私の唇をなぞる。くすぐったくてぎゅっと目を瞑ると
耳元で甘い声が囁く。
「ねぇ、花子…ホラ、イイコだから…」
「ぅ…シュ、…シュウ………くん」
「もう一回…今度は目あけて、俺の目を見て言って…」
どこか弾んだ声でそう言われたから、彼の言う通りゆっくり目を開けてみると今まで見たことのないくらいうれしそうな逆巻君…シュウ君の顔。
…くそう、そんなに嬉しそうな顔されちゃもう言うしかないじゃないか。
「シュウ、君…シュウくん、しゅ、んむ…」
「ん…」
彼の目を見て何度も名前を紡ぐと噛み付くように唇を重ねられてしまった。
そして少し開いていた口の中に彼の体は冷たいはずなのに熱い舌がヌルリと入ってきてしまって
「ん、シュ…く、ぁ…んん…っ!むぁ…しゅ…ん、」
「ん、ふ…花子、花子…んん…」
頭と腰を固定されてそのまま何度も何度も角度を変えては深くキスをしてくる彼に対して私はもう酸欠寸前だ。
合間合間に名前を呼ばれてもう何だか体の力が抜けそうで、必死に耐えようと彼の腕に縋り付けば
ようやくゆっくりと解放されて、必死に酸素を補給する。
「は…っ、ふ…」
「ごめん…花子があんまりにも可愛かったら…つい。」
くそう、その顔わざとじゃないだろうな!
何で今にも泣きそうな顔してるんだ!もう許すしかないじゃないか馬鹿!
けれど私の心を読めない彼はぎゅううぎゅうと強く、でも優しく私を抱き締めて震える声で囁く。
「もう、しないから…嫌わないで?」
可愛い、悔しいけどすっごく可愛い。
なんでこんなイケメン君が私に執着しているのかは全然分からないけれど
こんな可愛い反応をされてしまえばもう完全に許しちゃうよねもうもうもう!
けれど無条件に許しちゃうのもなんだか癪なので私はまだ怒っている素振りを見せながら提案する。
「じゃ、じゃぁ…今日のデート、寝ないでちゃんと最後までエスコートしてくれたら許してあげる。」
「よし、今日は徹夜だな。」
心なしかキリっとした表情でそう言った彼に思わず吹き出した。
実はそんなに期待していないのである。
だって日常生活のリズムというものはそうそう変えられるものではないからだ。
けれど何か一大決心でもしたようなシュウ君がおかしくて私は笑いながらもつながれた手について行くことにした。
「…………」
「ま、まぁまぁ…そう落ち込むことでもないんじゃない?」
「…だって、」
かれこれ二時間はこの体勢だ。
私は自室のベッドに腰かけてシュウ君はベッドの上に寝そべりつつ私の腰に巻き付いている。
理由は簡単、デート開始1時間でシュウ君が眠ってしまったからだ。
最初の10分はキッチリ起きていたけれど、それからだんだん目が虚ろになっていって気が付けばもう彼は夢の中。
そんな彼を無理矢理起こせるほど私は鬼ではないので、タクシーを呼んで自宅までUターンしたという訳だ。
「もう怒ってないから。ね?」
「俺の事、嫌わない?」
「うん、嫌わないよー。」
「じゃぁ…すき?」
私の言葉を聞いてニヤリと笑ったシュウ君はそのままガバリと私の体をベッドへと押し倒した。
あれ、これってもしかしなくとも組み敷かれてる感じじゃないですか…?
「え、あの…シュウ、君?」
「なぁ花子…俺の事、すき?」
…そんなそんな
くたりと首を傾げる仕草は可愛らしいくせにその微笑みは一体何だ。
シュウ君、君は一体何歳なんですかそんな艶っぽい微笑みどこで覚えてきたんですか!
「い…っ、言わない!絶対言わないー!」
「じゃぁ今は聞かないでやるよ…ん、」
私の言葉は限りなく肯定に近い抵抗だ。
それに満足したのかシュウ君はそっと触れるだけのキスを落としてきた。
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