16:隠された狂気


「家畜、そろそろ限界だろう?ユーマを返してもらおう。」



それはあまりにも突然の出来事過ぎて俺は只固まる事しかできなかった。
再び俺と花子の前にやって来たルキが突然そんな事を言いだしたのだ。
どういう事か分からなかったけれど花子はルキの言いたいことが分かったらしくふいっと視線を逸らしてしまう。



「お、おいルキどういう事だよ…別に俺は何も限界なんて感じてねぇ…」



「ユーマではない。この家畜…花子が限界なのだと言っている。」



俺の反論の言葉をぴしゃりと遮りルキはじっと花子を睨みつける。
おいおい、花子が限界ってどういうことだよ。
俺が花子の世話しまくって体力的に限界って…そういう意味じゃねぇのかよ。


考えてることが分かったのかルキが次は厳しい目つきで俺を睨みつけた。
…何も悪い事をしていないはずなのにビクリと体を揺らしてしまうのは条件反射だ。



「ユーマ。お前は本当に気付いていないのか?」



「だ、だから…一体何が…」



「今の花子は本当に花子なのか?」




ルキの言いたいことが分からない。
花子が花子なのかって…今ここにいるのは間違いなく花子なのに…
じっと彼女を見つめればどうしてかその瞳はゆらゆらと不安げに揺れている。
あい、一体どうしたんだお前まで。



「ユーマの好みの髪型、ユーマの好みの化粧、ユーマの好みの服装、ユーマの好みの下着…まだ続けるか?」



「………もういいよ。」



「ああ、外見だけではなかったか。ユーマの作った食べ物でユーマの…」



「もういい!!」



今まで聞く事のなかったであろう花子の大声に驚いていればルキが長いため息をつく。
そしてその少し悲しげな瞳は花子を射抜く。



「なぁ花子…もはや貴様を認識するものはその名前だけではないのか?」



「あ………、」



ようやくルキの言いたいことが分かった。
そうか…花子は何もしないから必然的に彼女の周りは俺の好みのものになっていたけれど
俺は別に全然気にしなかった…気にしなかったけど…
アレ?出会った時の花子って、どんな感じだったっけ…?



幾ら記憶を手繰り寄せても思い浮かぶのは今の花子で…
それは故意ではないが全て俺の思い通りになっている彼女だ。
もし…もし、それが…全て花子の望んだ結果だとしたら?



嫌な汗が背中を流れる。
なぁ花子…そうなのか?



けれど彼女は俺を見ることはない。
おい、そうなのか?お前…



「花子…、」



「ゆーまくん、ごめんなさい」




彼女の口から出たのは時々紡がれる不安で揺れた俺の名前を呼ぶ声だった。
ぺこりと頭を下げられてしまい俺はどうすればいいのか分からない。
けれどこれで曖昧なものが確信へと変わった。



花子は俺の好きな自分になる為に全てを俺に任せていた



それはある意味純粋な愛情だろうけれど…
同時に狂気でもある。
俺は只、俺がいなくなった時にそのまま死ねるようにと…それだけだと思っていたけれど
花子の愛って言うのは俺の考えていたものより遥かに深かった。



すっと俺の傍を通り過ぎる彼女は普段の歩かない、眠そうな彼女ではなくて
真っ直ぐ、背筋を伸ばしてきっちりとした歩幅で歩いていた。
こんな花子…俺は知らない。




「お、おい花子…まてよ…お前、俺がいなきゃ何も…」



認めたくなくて。
只、花子は単純に俺に甘えてて、俺に縋ってるだけだって思いたくて
震える声で手を伸ばしたけれどそれはもう遠すぎて届かない。


そうだよ、例え彼女の愛が狂気だとしても
花子は俺がいなきゃ何もできない。
生活できない。
生きれない。



俺がいなきゃ
俺がいなきゃ
俺がいなきゃ



「ユーマ」



「!」




焦る俺の心の内なんか知らないルキが少しばかりはっきりした声で俺の名前を呼ぶ。
先程の虚ろで曖昧な花子の声とは正反対の人格を持った声で、呼ぶ。
それはまるで俺と花子を切り離す鋭利な刃物のようだった。



「花子を愛しているのならばこのままで…今のままでは彼女は人格さえも消えてしまう。」



「………花子っ」



ルキに言われなくったって分かってる。
このまま何も変わらず彼女の傍に居ればきっと花子は本当にその人格も俺の思う通りになってしまうのだろう。
けれどもう今は…今は花子だけが俺に依存してるわけではないのだ。



「花子は俺がいないと…俺が…俺がっ!」




俺の手が大好きで、俺の作ったメシも大好きで
俺自身の事が大好きな花子が俺は大好きなんだ。




けれど足は彼女を追いかけることはない。
だって仕方ない…普段なら動く事さえ珍しい花子がしっかりとした足取りで自身の道を歩いてるんだ。
きっとこれが本来の彼女の一部だ…



「花子…花子…っ、」



花子は俺がいないとどうしようもない駄目人間で
俺がいなきゃ生きることさえできなくて…
なぁそうだろ?なぁ…なぁ!!



声にならない俺の叫びは只々胸の辺りで静かに溶けて消えた。



嗚呼、依存してたのはどっちだよ…



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