19:愛しの駄目人間
ぽたり
ぽたり
真っ赤な液体が静かに零れ落ちる。
それは俺の最愛のものではない。
「いっってぇ…」
「………え、…あ?」
会わない約束だ。
ルキにそう言われてた。
俺もその方が良いって、思ってた。
でも今花子はがっちりと俺の腕の中だ。
左手で彼女の体をがっしりと抱き抱えている。
そして右手には大きな包丁の刃。
ぽたり
ぽたり
滴り落ちるのは俺の血…
良かった。花子じゃなくて…本当に良かった。
「おい駄目人間。何勝手に死のうとしてんだ。あ?」
「えぅ…う…」
自分でも驚く位怒気を孕んだその声に花子の身体は酷く揺れる。
だって仕方ない。俺が今捕えているこの刃は真っ直ぐ花子の心臓目がけて突き刺さろうとしていたのだ。
「おい花子、俺の許可なしに死のうなんて良い度胸してんじゃねぇかよ。」
「ゆ、ま…く、…だって…私、」
花子の声が震えている。
ボロボロと止めどなく涙も零れる。
きっとこの一週間俺と離れているうちに彼女が結論付けたのは酷く滑稽でクソふざけたものだ。
長い事一緒にいんだ。それ位馬鹿な頭の俺にもわかる。
「俺を駄目にしちまうから消えてぇのか?ふざけんな。お前が…花子がんな事するくらいなら、俺はこのまま花子とぶっ壊れる道を選ぶ。」
右手の凶器を放り投げて血塗れの手のまま彼女の涙を拭う。
透明で綺麗な涙の代わりに白い肌を穢した俺の血は酷く妖艶に映る。
花子の愛は狂気だ。
けれどそれはもう彼女だけじゃない。
狂気は傍に居れは易々と感染する
「花子、お前は俺がいないと駄目だ…そうだろ?」
「う、ふ…っ、ゆーまく…ゆーまくん…」
「ちげぇよ」
拙い、虚ろな声で俺の名を呼ぶ彼女の口を荒く深く塞ぐ。
時折漏れる悲しくて甘い声は直接俺の脳に響く。
ごめんなさい
だいすき
許して
花子の隠れた葛藤、懺悔、懇願
全部全部俺の唇で飲み込んで、侵す。
お前の為だと思って手を離した…でも、それでこうなるのなら…
どうせ結末がバッドエンドしか用意されてないならもう…
独りじゃなくて二人がいい。
でも、俺は隠しエンドを諦めたわけではない。
「花子、俺は“ゆーま”じゃない…“ユーマ”だ」
「ゆーまくん…ゆーまくん…」
「花子…花子…っ」
ガキに言い聞かせるように優しく囁いても花子の口から発せられるのは虚ろな俺の名前。
もはや彼女の人格も崩壊寸前なのか、それでもまだ…まだだ。
花子が正しく俺の名前を呼ぶまで何度も何度も間違った言霊を飲み込む。
「独りじゃまともに生きていけない…駄目人間なお前に俺が…俺が“花子”をくれてやるよ。」
「ゆーまく…?んぅ、」
最後にと彼女の唇を塞ぎ、鼻が触れ合う寸前まで顔を近付けたまま
花子の大好きな俺の笑顔を向けて一発逆転の言葉を口にする。
戻ってこい。
俺は言っただろ?お前を丸ごと愛してんだよ。
「花子…俺はテメェの意志を持ってるお前を誰より愛してる。俺の人形じゃなくて…“花子”を愛してる。」
「…………なん、で?こんな、んぶっ」
花子の台詞を遮ってむにっと頬を挟めば疑問符を頭に浮かべまくる彼女に苦笑。
うるせぇ。最愛の俺のこれ以上汚ねぇとか言うんじゃねぇ。
本人でも許さねぇからなバーカ。
「知らねぇよ。俺は花子を愛してんだ。んなもんに理由なんかつけれっかよクソが。」
「…………ふ、ふふ…ふはははは」
不機嫌にそう答えれば彼女は声をあげて笑った。
そのあどけなさに思わずどきりとする。
あ、そうだ…この笑顔。
俺と花子が出会ったばっかの時よくしてた気がする。
「おーおーおー。ようやく花子チャンのお帰りってか?あぁ?」
「ふはは…はは、は……ユーマ君…ふふっ、ユーマ君」
声をあげて笑う花子から再び零れる涙は虚ろではなかった。
幸福と歓喜と安堵からのもので…
その涙が真っ赤な俺の血と混ざり合いとても綺麗に映る。
「ユーマ君ごめんなさい。心配かけた。…あと、ただいま。」
「おう、ったく…世話かけさせんな、この駄目人間。」
俺の彼女は本気で駄目人間だ。
俺がいないと何もできない。生きれない。
俺がいなきゃ元の人格さえまともに見つけれない。
そんな最強の駄目人間を心から愛しちまった俺はまぁ…
きっと最高に負け組で、最高に勝ち組なんだろう。
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