5:知らない顔


「あー…まっず、」



ゴロリと貧血で意識を失った名前の知らない雌豚を転がして大きくため息。
花子をと付き合うようになってからアイツの血以外は吸っていない。
…この日以外は。



「ったく、何で満月の時だけ…」




じとりと恨めしげに静かに輝く月を見上げてまた溜息。
なんでかわかんねぇけど花子は満月の日だけは俺を家から追い出す。


最初は渇きに暴走した俺にビビってるからだって思ってたけど
いつものあのぼんやりした態度を見てるとどうやらそうじゃないらしい…



つかこの次の日がすげぇ毎回大変だ。
丸一日花子は俺と離れてしまってるわけだから当然の如く翌日家を訪ねてみればいつだって彼女は瀕死だ。
満月の次の日は愛しの彼女の蘇生から始まるとか悲し過ぎる。




「つかほんっと俺も変わったわ。」




ぽつりと小さな独り言が闇に溶ける。
花子に会う前だったら満月になればどんな血だってうまく感じれたのに
今じゃ他のはまずくて飲めたもんじゃない。



只々この渇きを潤すためだけの事務的な吸血にいい加減うんざりだ。



「あー、花子の血飲みてぇなぁ…」



ガシガシと頭を乱暴に掻いてふらり、自然と足を花子の家へ向ける。
毎日毎日花子の世話してやってんだ、たまにはご褒美位もらってもいいんじゃねぇの?


…なんて自分に言い訳してもう我慢の限界な俺は彼女の血を吸う気満々でいつも通っているその扉に手をかけた。




「おい花子!血ぃ吸わせろ!!血!!」



大きな音を立てて扉を開いて、どうせアイツの事だからベッドか、それかどっかの床で爆睡してんだろうと思って色々探してみる。


けれど、どうしてだか彼女の姿はなかった。



「あ?花子?おいどこ行ったんだ?」



キョロキョロと見回しても人の気配すらしない。
今は午前3時。
こんな時間にアイツがどっかいくとは思えねぇし…
静かすぎる部屋の中首を傾げていればピチャン…と、小さく水滴の音がした。



音のする方を辿って足を進めれば、そこは電気も何もついていない風呂場。



「花子?」



まさかとは思ったが中途半端に開いていた扉を開けて彼女の名前を呼んだ。
すると視界に入って来たのはなんとも奇妙な光景。



「花子、おい…どうしたんだ?」



「……………」




真っ暗な風呂場で、何も言わずに只々湯船につかっていた花子。
只ならぬ雰囲気に若干焦り、もう一度彼女の名前を呼ぶ。



「花子、おい、花子。」



「…………きたなくて」



意味の分からない言葉と共にブクリとそのまま体を力を抜いた花子は頭まで湯につかってしまう。


ヤバイ、溺れる。


そう思ってとっさに彼女の体を掬い上げようと自身の両手を湯に突っ込んだ瞬間俺の頭はパニックに陥る。



「馬鹿じゃねぇのかお前!!な、なんでこんな…!いやもうそんな事言ってる場合じゃねぇ!!」



勢いよく花子の体を掬い上げて、そのまま出来るだけ熱いシャワーを彼女の身体にぶっかける。
真っ暗な中彼女の身体はすっかり冷え切ってしまっていた。



「おい花子、死んでんじゃねぇだろうな。起きろ、オイ。」



「…………」



ベチベチと何度も頬を叩いても一向に起きない彼女はすっかり夢の中だ。
ったく、なんで真夏の昼間でもねぇのにあんな冷たい水ン中入ってんだよ。



そう、花子が今まで浸かっていたのは普段俺が用意しているような暖かいモンじゃなくてとても冷たい水だった。
今はようやくシャワーで体温も戻って来たが、あのままじゃ多分…や、考えたくねぇ。



揺すっても叩いても、全然起きねぇ花子を抱えてベッドへと放り込む。
出来るだけ暖かくなれる様に布団やらシーツやら毛布をばさりと掛けてやり、今回は添い寝はお預けだ。
抱き締めてやりてぇけど、俺は体温がねぇから…




「花子、ホントどうしちまったんだよ…」




もしかしたら今までの満月も独りでこんな感じだったんだろうか…
だとしたら、もう絶対コイツを独りになんかしちゃならねぇ。
もうすっかり満月による喉の渇きとかどうでもよくなってしまっていて
俺はそのまませめて、と彼女の手を自身の手で包み込む。



今回の事もただ単に風呂入ろうとして湯を沸かすのが面倒だからそのままでって感じの
通常運転の理由ならいいのにと、そんな事を考えながら俺もそのままベッドの隅で静かに瞳を閉じた。




満月の夜、花子は俺の知らない
よく分からない顔をしていた。



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