6:貫かれるなら
「只の風邪ですよ、大丈夫ですお父さん。」
「あ、や…俺、オヤジじゃなくて…」
「うーうーうー…しんどいよぉぉぉ。ゆーまくぅぅん。」
苦笑交じりの医者に対して俺は真顔で答える。
いや、うん。花子の親父に勘違いされるのも頷けるのだが。
…医者に対面してるのは俺。
肝心の患者である花子は俺の上に跨ったままぎゅうぎゅう抱き付いて離れようとはしない。
昨日、あんなことが起きてから目を醒ますと大変な事になってた。
…花子、溶けてた。
ベッドから体半分が落ちていて、すげぇぐったりしながら何か呪詛的なものを吐いてた気がする。
正直若干の恐怖を覚えたが、こうなる事はどっかで予想できていたので
彼女の会社に今日休むことを慣れねぇ敬語を使って連絡して朝一で病院へ連れて来てやればこの始末だ。
「しかし熱が高いので、点滴をしておきましょう。」
「…私の身体に突っ込んでいいのはユーマ君だけ、」
ごちんっ!
「あ、すんません。コイツ頭熱でイカれてるみたいで。100本位点滴してやってください。」
医者にも俺にも強烈過ぎるセクハラ発言をしやがる花子の頭を遠慮なしに殴って
真顔で弁解すれば医者はまた苦笑だ。
そして備え付けのベッドに当然の様に俺が花子を運んでやっていれば周りの看護士が微笑ましい目で俺達を見つめる。
……はっ!いつもの癖で普通に運んじまった!!!
すげぇ恥ずかしくなって花子をベッドに寝かせてそそくさと退出しようとすれば、ぐいっと引っ張られる俺の服。
そして俺は小さくため息をついてひっぱてる本人へと向き直す。
「あのな、花子。ガキじゃねぇんだから一人で大丈夫だろ?」
二三度頭を撫でてやっても彼女はすげぇ不満気な目で俺を見つめる。
そしていつも無気力なくせにこんな時だけ大声を上げて喚き散らした。
「ユーマ君は愛しの彼女が自分の知らないところで他のモノに挿入されちゃってもいい訳!!!?」
「うおわぁぁぁぁぁあ!!!!ば、馬鹿野郎ォォォォ!!!ずっと一緒に居てやるから黙りやがれ!!!!!」
花子のでかい声は病院中に響き渡り、待合室では騒めき、そして他の患者や付き添いが何人かこちらを覗き込んできやがった。
俺は花子の口を全力で塞いでこれ以上何も言わせないようにすとんっとベッドの傍に置いてあった椅子に座れば
ようやく大人しくなってまたへにゃりと笑う。
…なんか、昨日の事って夢かなんかじゃねぇの?
そんな事を考えていれば医者がクスクスと笑いながら点滴の準備をし始める。
そしてその小さく鋭い針を見てまた花子から爆弾発言。
「あーあ、ユーマ君に突っ込まれるのは気持ちいいけどコレは痛いだけだからなぁ…」
「すんません、すっげぇ痛くぶっさしてやってください。」
花子が言ってるのは間違いなく吸血の事なんだろうけれど
んなの、何の事情も知らねぇ奴が聞けばつまりそう言う事だと考えてしまう訳で。
いや、まぁ花子の発言で俺がテクニシャン認定されたのは悪い気分ではないが、いやそう言う事じゃない。
「ゆーまくん、私が痛がって泣いちゃうの見てハァハァするの?どえす?」
「うるせぇ黙れさっさと刺されてよくなれ馬鹿花子」
そろそろ本格的に辛くなって来たのか、いつもより緩い口調でそんな事を言いだす花子の頭をわしゃわしゃと撫でてやり安心させてやる。
そしてチラリと医者を見れば、奴も察したのかその隙に花子の腕にブスリと点滴を挿し込んだ。
…すげぇ、俺達マブダチになれるんじゃねぇのって位の連係プレーだ。
「おら、痛くなかっただろ?」
「うーん…でもやっぱり私はこれがいい。」
呆れながら花子を見ればちょいちょいと刺されていない方の手で俺の牙を触りながらそんな台詞。
…だから、そうやって俺の乙女心を握りつぶすのはやめろっつってんだろ。
また風邪でもない俺の方が顔を赤くしながら下を向く。
こんな盛大に照れてにやけた顔なんて、今は絶対コイツには見せられない。
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