風邪〜アヤト君の場合〜


「………」


「………」


「…アヤト君さいてー。」


「うるせぇよ花子!ゲホッ!」


私の隣で盛大に叫びながら咳込んだアヤト君に顔面チョップ。
現在二人してベッドにもぐりこんでいる。
これが恋人同士のあまーいひと時なら私の乙女心もキュンキュンしているはずだ。
けれど現実はそんなに甘いもんじゃない。


「なにが“俺様はヴァンパイアだから花子の風邪なんかうつらねーんだよ。だから吸わせろ”だバーカ!完璧に移ってるじゃん!」


「ちっげぇよ!こ、これは…アレだ!可哀想なお前に同調してやってんだありがたく思え!」


「難しい言葉遣ってごまかそうったってそうはいかないんだからね!」



そう、私が風邪をひいてしまって寝込んでいたら俺様アヤト様が乱暴に部屋に入って来たかと思えば私の拒否も虚しくいつも通り吸血してくれやがった。


そしてこのお馬鹿は盛大に私の風邪菌を貰い受けて今に至るという訳である。


「全く…アヤト君がここまで馬鹿だとは思わなかったよ」


「るせぇ。別に…これでいーんだよ。」


「………は?」


意味の分からない彼の言葉に、アヤト君の方を見てみると不意にぎゅっと握られた手。
そして少しばかりしんどそうだけれどいつもの様にニカって笑うアヤト君。


「花子と一緒に寝れる口実ができたしな。」


「…ばかじゃないの。」


「んだと!この俺様が折角…っゲホゲホっ!」


彼のそんなストレートな言葉に思わず顔を赤くしてしまい照れ隠しに暴言を吐いてしまうと
アヤト君は意地なり怒鳴るけれど台詞の途中で咽返ってしまう。


ああもう、何で私より風邪酷くなってんの?ホント馬鹿じゃないのだろうか…
小さくため息をついて未だに咳込んでいる彼の身体をぎゅっと抱きしめた。


「花子…?」


「風邪ってさ…汗かくと良いって言うから…これなら大丈夫かなって…私、今熱いし。」


多分それは熱と、アヤト君のまっすぐな優しさの所為で。
だからせめてもの口実でこうやって彼に抱き付いて居られるなら嬉しいなぁ…なんてちょっと乙女チックな事を考えてみた。


けれどアヤト君はそんな私の行動にニヤリと意地悪に口を吊り上げて意地悪に笑った。


「じゃぁよ、もっと汗かく事…しようぜ?」


「はぁ?そんなそんな…お約束な事…」


ガバリと私を組み敷いて、そんな王道な台詞。
いやいやいや、まさかそんなそんな。
混乱する私をよそにアヤト君の笑みは深くなる。
あ、やばい。私食べられる。そんな事を心の中で呟いた瞬間。


「ホラ、花子…いい事、しよう…ぜ…」


ドサリ


「…え、ちょ…ア、アヤト…君?」



格好良い台詞の途中で私の上に覆いかぶさるように倒れてしまったアヤト君。
不審に思い、もぞもぞと彼の下で動いて起き上がれば目を回してぐったりしている彼。


「し…しぬ…」


「う、うおおおお風邪のクセに無茶しようとするからだ馬鹿ー!」


もう既に瀕死状態の彼に慌ててシーツをかけてやりベッドを飛び出した私は全速力で洗面所へ向かく。
取りあえず吸血鬼のクセに今私より体温の高い彼の熱を下げるのが先決である。


「ええっとタオルと氷枕と、あとあとおかゆもいるかなぁ…ってアレ?」


そして気付くのだ。
私も風邪をひいていると言う事に。
自覚してしまえばもう後は早くてクラリと視界が歪む。


くっそこれも全部あの俺様吸血鬼が好きかってやらかしてくれたからだ!なおったら絶対一発殴ってやる!そんな事を心の中で決意しながら薄れていく意識の中、最後の力を振り絞って全力で叫ぶ。


「た、助けてくださいレイジさぁぁぁん!」



その後、完治したアヤト君は私が一発殴る前にレイジさんに10発くらいげんこつを食らわされて
5時間正座の上説教を食らったのはまた別の話である。



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