最期の五文字
微睡む意識の中でゆらゆらと揺れる視界に貴方を捉える。
嗚呼、もうすぐ最期の時が来るのだろうか…
とくん、とくん
次第に弱くなっていく私の鼓動にシュウは今にも泣きそうな顔をしている。
その顔は紛れもない私の所為だね。ごめんね。
覚醒できない人間の末路だなんて決まりきっていたし、それを覚悟の上で愛し合ったのに
やはりいざこの時が来てしまうと淋しいなぁ…なんて、少しばかりセンチメンタルになってみたりする。
「シュウ…」
「どうした?花子…」
弱弱しく彼の名を呼べば、震える声で答えてくれる酷く優しい吸血鬼。
ごめんね、ごめんね、ごめんね。
淋しがり屋の貴方を置いて逝ってしまう私をどうか許してね。
大好きな彼の髪、瞳、頬、唇…
確かめる様に、噛み締める様に触れていけば遂に零れてしまった私の涙。
ねぇ、本当は死にたくないの。
消えたくないの。
こうやってずっとずっと冷たい貴方の腕の中で安らかな気持ちでいたいの…
どうして神様は私にこんな意地悪をするのかなぁ。
大好きな人と一緒に居れないなんてそんな悲し過ぎる悲劇、用意しなくたっていいじゃない。
「なぁ、花子。どっちがいい…?」
「え?」
不意に問われて思わず聞き返してしまう。
未だに泣いてしまいそうなシュウは歪んだ顔のまま一生懸命に笑ってくれる。
そしてそろそろ逝ってしまいそうな私に愛溢れる選択肢。
「俺を一緒に連れて逝くか、このまま俺を生かして一生消えない傷痕として俺の中で生きるか…どっちがいい?」
嗚呼、やさしい…どこまでも優しい貴方。
別にシュウはこれから永遠を生きるのだから無理にその命に幕を下ろす必要はないし、生きたまま無理にでも私を忘れてなかったことにして生き続けることだって出来るのに…
貴方の中で私の存在を消してしまうと言う選択は存在しないのね。
その気持ちだけで私の鼓動は弱まって言っているはずなのに少しばかり跳ね上がった気がした。
愛しい、さいごのさいごまでシュウは本当に愛おしくて大好きな私の王子様だ。
「シュウ…キス、して」
「ん、」
もう一ミリも身体を動かすことなんて出来なくて…けれど彼の冷たい感覚を最期まで覚えていたい私は小さな声で懇願する。
ちゅっと唇に落とされたキスは相変わらず冷たいはずなのにどこか暖かい。
その感覚が幸せで、最後の力を振り絞って精一杯笑えばシュウもようやく笑ってくれた。
海のような、青空のようなその優し眼差しが大好きよ。
「どちらでも…いい、よ…シュウの好きにして…」
先程の彼の問いにそう答えれば動かない体を先程より少し強く抱き締められてしまう。
そして困ったような笑みでシュウは結論を出す。
「こう見えて俺は欲張りだから…花子の傷の味を酷く堪能して嘆いた後にそっちへ逝く」
「シュウ、それじゃヘンタイみたいよ…」
今まで行ってきたようなふざけた会話もこれで最後になるのかなぁ。
ああ、やっぱりさみしいや。
シュウの唇が再び触れて、くすぐったくてぎゅっと目を閉じれば暗闇の中でも響き渡る甘い声。
「花子に関する感情全てを知ってから死にたいんだよ。」
ああ、どうしてそんな最期に格好良すぎる口説き文句。
嬉しくてお礼にキスをしたかったけれど、ごめんなさい。
時間が来たみたい。
もう何も映さない瞳で、それでも貴方がいるはずの方を見つめて最期に出るはずのない声で貴方へと愛を紡ぐ。
「嗚呼、そうだな…俺もだ、」
届くはずがないのに、シュウは穏やかな声色で囁いてくれて
それが私への最上の鎮魂歌へと変わる。
ごめんね、じゃぁ先にいってるね。
軽く、そんな事を考えて私は鼓動を止めて体温を手放した。
最期に捧げた“あいしてる”の五文字が貴方に届いただけで十分私の人生は満たされたものでした。
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