風邪〜カナト君の場合〜


「花子さん…」


「あああ〜泣かないでカナト君…わ、私は大丈夫だから…」


「………ぐすっ」


「ああああ〜」



ベッドに横たわる私と、その傍らでポロポロと涙を流してしまっている愛しい愛しいカナト君。
少しだけ風邪を拗らせてしまい、今体を動かすことが出来ない。


てっきり「体調管理もできなんて最低ですね」って怒られると思っていたのでこの反応は予想外だ。そしていつもなら零れるカナト君の涙を拭ってあげれるのだけれど生憎今は指ひとつ動かすのすらダルイ。


「ああ、そうだ…人間って、風邪をひくと心細くなるんだよね…ちょっと待ってて、花子さん…」


「え、ちょ…カナト君?」


何かを思い出したかの様にもともと大きな瞳を更に開いた彼は徐にその場から立ち上がり私を置いて部屋を出ていってしまう。


その瞬間部屋には静寂が響き渡ってしまい、思わずじわりと涙を浮かべてしまう。
嗚呼、彼が呟いたことは事実かもしれない。
先程までカナト君がいたから気付かなったけれど、この体調でひとりきりというのはとても辛いモノがある。


「ぅ…カナト君…」


小さく呟けば響き渡る自身の声。
それが余計にひとりきりだと言う事を自覚させる材料になって今まで瞳に溜まっていた涙はポロリと静かに零れてしまう。
そんなときに、扉が開く音。チラリとそちらを見てみると驚きの光景に絶句してしまう。


「ぇ…な、なに…」


「うーん、前が見えないです…」


よたよたとこちらに歩いてくるのは大量のヌイグルミの山。
ひょこっとそのヌイグルミたちの横から顔を出したのは大好きなカナト君で、呆然としてた私の顔を見るとまたじわりと大きな瞳に涙を浮かべた。


「どうしたの…?何で花子さんは泣いているの…?もしかして僕がいない間に誰かに何かされた?言ってよ…焼いてきてあげるから」


「ち、違うの…その、さ、淋しくて…つい。」


物騒な言葉が聴こえた気がしたけれど、それよりもちゃんと理由を分かってもらいたくて
恥ずかしいけれど自分の涙の理由を彼に打ち明けるとカナト君は嬉しそうに微笑んだ。


「そうなんだ、じゃぁ持ってきた甲斐がありました」


「え?わわっ…」


両手いっぱいに持っていたヌイグルミたちを私のベッドへとふわりと放り投げた。
すると一瞬のうちに無機質だったベッドの上はおとぎの国に早変わり。
なんだか自分がお姫様になったみたいで思わず目を輝かせているとカナト君はまたニッコリと優しく笑う。


「これで淋しくないでしょう?特別に貸してあげるね?」


「カナト君…うん、ありがとう。」


彼の優しさが嬉しくて嬉しくて、私は精いっぱいの笑顔でお礼を言うけれど
風邪で我儘になってしまっているだろうか、ぎゅっとだるくて動くはずのない手を震えながらも動かしてカナト君の袖を引っ張る。
するとカナト君はキョトンとした顔で私を覗き込んでくれる。


「どうしたの…?もしかしてまだ足りない?」


「うん…足りない…私、カナト君がいい。」



思った事をそのままに口にすればカナト君はまた嬉しそうに笑う。
だってさっきカナト君がいなくなったときとっても淋しくて淋しくて泣いちゃうくらいだもの。


我儘だって…我儘だって分かってる。でも今日はどうしてもカナト君に離れてほしくないんだ。するとカナト君はもぞもぞとベッドの中に潜り込んできてひょっこりと私の目の前に顔を出す。


鼻がくっついちゃうくらい近くて思わず顔を赤くすればぎゅうって抱き締めてくれた。
すこしだけひんやりした彼の身体が心地いい。



「仕方ないから今日は一緒に寝てあげるね…だから、早く良くなって。」


「うん、ありがとう。カナト君…だいすき」



先程彼の袖を引っ張って力を使い果たした私は彼に抱き締められるがまま静かに瞳を閉じた。


沢山のかわいいヌイグルミたちに囲まれて、だいすきなアナタに抱き締められて眠れるだなんて何て素敵なんだろう…

たまには風邪も悪くないなぁって思っちゃうけどやっぱり可愛いカナト王子様を抱き締めることが出来ないのは嫌だから早く治ってくださいって居るはずのない神様にお願いした。



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