風邪〜レイジさんの場合〜


「私は今猛烈に自分の男運よ良さに感謝しています。」


「煩いですよ。」


「ああんもうレイジさん最高!このおかあさん!」


ガスっ!
私が叫ぶとレイジさんの眉間に皺が寄って頭にげんこつが降って来た。びょ、病人に手を上げるだなんて鬼の所業!


でも文句は言えない。決して言えない。
何故なら部屋でぶっ倒れていた私をいち早く見つけてベッドに運び特製のおかゆを食べさせてくれた挙句薬まで飲ませてくれたのは紛れもないレイジさんだからである。


そんな彼は小さくため息をついてベッドの傍にある椅子に腰かけてこちらを見やる。

「熱はまだ高いようですね…ご気分は?」


「えっと、少しだけ…気分悪い、かも…です。」


「そう、ですか…」


少しだけ悲しそうな顔をしたレイジさんは不意に私の片手をその大きな両手で包み込んだ。
そしてぎゅっと握り閉めて、その手に額を付ける。


「レイジさ…」


「花子…」


震えている。
小さいけれど、確実に私の手を握っているレイジさんは震えていて
私はどうしたらいいのか分からずオロオロしているとかれはそのままの体勢で小さく呟いた。


「不安なんですよ…貴女が、死んでしまうのではないかと…ええ、只の風邪だとは理解しています。けれど…」


「レイジさん…」


「貴女が、花子がよくなるのであれば何だってします。食事だって薬だって…何だって…」


「…………」


普段、こんな事を言われたことがなかったので思わず胸が締め付けられてしまった。
普通弱気になるのは病人の方ではないのだろうか?


なのにこの状況だ。レイジさんは未だに微かに震えていて、この体調で「私は大丈夫です」だなんて言えるはずもなくて。私は小さく息を吐き、彼に握られている手にぎゅっと力を込めた。
すると顔を上げて不安そうに瞳を揺らすレイジさんがこちらを覗き込む。


「レイジさん、何でもしてくれるんですか?」


「ええ、勿論。」


「じゃぁ、ぎゅってしてください。」


私がそう呟けば、彼は言われるがままにそのしなやかな腕を伸ばし私を抱き締める。
存在を確かめるように強く強く。
きっと今彼には私の心臓の音が響いていると思う。


これだけだけれど私が今生きていると言う事実を確認するのには十分な材料だと思う。
その証拠に彼の震えはいつの間にか止まっていて、少しは安心してくれたかなぁなんて呑気に考えてしまう。


すると、彼は何を思ったのか耳元で甘く、優しく囁いてくる。


「ねぇ花子…次は?」


「え…?」


「私に何をされたいのです?…言ってごらんなさい。」


急に顔に熱が集中してしまう。
先程まで私のペースだったって言うのにもうすっかり今は彼のペースだ。
身体を動かして彼を見れば意地悪だけれど優しい微笑み。


「私を安心させてくださったお礼をさせてください…ねぇ?」


「え…え、っと…ん、」


戸惑い答えを出せない私にもう待てないと言わんばかりに触れるだけのキスをプレゼントされてしまった。


そっと離させる際に名残惜しそうにペロリと唇をなめられてしまい、もう私の心臓は爆発寸前だ。


「今は病人ですのでこれくらいにして差し上げますよ。」


「風邪…移ったら、どうするんですか。」


「ご心配には及びませんよ。その時は貴女が看病してくれるんでしょう?花子…」


上品に微笑みながらそんな台詞。
もうこれ以上ない位顔は赤くなってしまいパクパクと口を動かしていると彼はおかしそうにまた微笑む。


「おや、その熱は私の所為ですね。ふふ…申し訳ない」



「ああもう…もうもうもーう!」



行き場のない恥ずかしさで盛大に叫びシーツにくるまると
レイジさんはそんな私を見て声を上げて笑った。



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