風邪〜シュウさんの場合〜


「寝ろ。」


「え」


屋敷に帰れば仁王立ちでとんでもなく恐ろしい空気を纏ったシュウが放ったそんな一言に思わず声を上げる。


するとシュウはピクリと眉を動かし私を小脇に抱えて長い足でズンズンと進んでいく。
この方角は…シュウの部屋だ。


「ちょちょちょっとシュウ、寝るなら自分の部屋で寝るから!離してよ!」


「煩い黙れ馬鹿なのに風邪なんかひく花子が悪い」


「ばれてた!ていうか馬鹿じゃないし!」


彼の言う通り私は少しだけ風邪をひいてしまっている。
けれどひきはじめだし放っておけば治るかなぁなんて軽く考えていつも通り学校へ向かったのだ。
まさかシュウにばれてしまっていただなんて夢にも思わなかった。

勢いよく部屋の扉を開けるや否やボトリとベッドに落とされて、瞬間彼の香りに包まれて思わず赤面してしまう。


しかし彼はそんな私に構うことはなく、のそのそと予め用意されていたタオルを水で浸して固く絞り、ぽーいと私の額目がけて放り出した。タオルは放物線を描き、見事に私の額に着地する。


そしてそのまま、今度は無言で部屋を出ていってしまった。


「な、なんなんだ…」


取り残された私は呆然としたままひとり呟いた。
すると暫くしてからまた不意に勢いよく扉が開かれてそこにいたのはこの部屋の主であるシュウで、手にはお盆と何か食べ物らしきもの。


状況が把握しきれずにポカーンとしていると、彼はそんな私を無視して、ベッドの隣にあった椅子に腰かけて
その料理の蓋をあける。


「お、おかゆ…?」


「ん」


「ん?」



料理の正体はどうやらおかゆだったようで、シュウは徐にそれを一口分スプーンで掬い上げ
何度か息を吹きかけた後、私の前にずいっと差し出した。


意味が分からず首を傾げているとながーいため息をついて、空いている片手で強制的に私の口を開けてそのおかゆを放り込んできた。


「んがっ!」


「ホラ、次。」


「ん、うぅ…あー…」


どうやらこれは所謂あーんというやつだろう。
恥ずかしくて死にそうだったけれど、シュウが有無を言わさずにまたスプーンを私の前に差し出すから
今度は無理矢理口を開けさせられる前に自ら口をあけるとようやくシュウがニッコリと笑ってくれた。
そして一通り食べ終わると今度はシュウがベッドへと潜り込んできた。


「え、え?シュウ…?」


「一緒に寝てやる。」


「ふぁ!?」



彼の爆弾発言に思わず変な声が出た。
いやいやいや無理無理無理。
こんな美形と一緒にだなんて眠れるわけないだろう、ていうか今こうやって彼の香りに包まれて間近に本人がいるだけでもうドキドキで死にそうなんだぞこっちは。


取りあえず現状打破を考えた私は一目散に逃げようとベッドから抜け出そうと試みたが体に絡みつく二本の腕によってそれは阻止されてしまって


代わりに深く深くベッドに沈み込んだ私はシュウに後ろから抱き締められてる状態になってしまい、もうなんていうか風邪の所為でなくて別の理由で体が熱くなってしまう。


「アレ、花子…熱出てきた?」


「だだだだ誰のせいだと思ってんのー!」


「へぇ…俺の所為?」


嬉しそうな声にジタバタ暴れてみても全然びくともしなくて、そんな私を見てシュウはおかしそうに笑う。


「別に恥ずかしがる事無いだろう…なぁ?」


「耳元で喋らないで頂戴ドキドキしすぎて死んじゃう。」


それは貶し言葉になっていないと、また笑われて、悔しくて恥ずかしくてブルブルと震えていると
ぎゅっと抱き締められている腕に力が込められてまた私の心臓は跳ね上がる。


「心配…させないで。」


「う…うぅ〜…」


背中に顔を埋められてそんな事を言われてしまえばもう私は何も抵抗できなくて
彼の腕の中でおとなしくなってしまう。
ずるい、そんな悲しそうな声でそんな台詞だなんて。


「シュウ…」


「ん?」


「黙ってて…ごめんなさい」


「ん……イイコだな、花子。」


素直に謝罪すればふわり頭を撫でられてしまい思わずじわりと涙を浮かべてしまう。
もぞもぞと彼の腕中で動いて向かい合う体制になり、自分からもぎゅっと彼に抱き付いた。


「あたまいたい」


「うん、」


「ちょっと気分悪い…」


「風邪をなめるからだ、馬鹿。」


「でもシュウがこうしてくれてたら治る。」


「ははっ、お前は体調まで単純なのか?」



身体の熱が風邪かとか彼に対してのドキドキだとかそんなのはもうどうでもよくて
只々彼にぎゅってできる口実が欲しいだけな私は本当に馬鹿になったのかもしれない。


でもそれもきっと全部私を心配してくれる優しいシュウの所為だ。
シュウが優しいから私が調子に乗っちゃうんだ。


「花子、締め付けすぎ…」


「身体が熱いからシュウで冷やすの…」


「そっか…」



呆れたように呟いた彼はきっと私の考えなんてお見通しで
でも、それでも私のしたいようにさせてくれる彼はもう本当に砂糖みたいに私に甘い。



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