風邪〜コウ君の場合〜
「5秒以内に出ていけ。さもなくば泣かす。」
「ちょ、ひっどーい!折角看病してあげようと思ったのに何その台詞ー!」
「うるせぇ!もう5秒経ったわ覚悟しろコウ君!」
ゴチンっ!
盛大な音がしたかと思えば俺の頭に衝撃が走る。
何と花子ちゃんがアイドルの俺にげんこつをかましたのだ。
余りの痛さに涙を浮かべて殴られた頭を擦りながら大きな声で抗議する。
「大体ねぇ!彼氏に向かってこういう態度取るからバチが当たったんだよ!いいから大人しく看病させなよー!」
「絶対嫌だね!しつこい男は嫌われるのよバーカ!」
バタン!大きな音を立てて目の前の扉は閉じられてしまった。
ちょっと人が折角優しくしてやろうって言うのに何これ…!
イライラしてたら後ろから盛大な溜息。
立っていたのは洗面器とタオルを持っていたルキ君だった。
「コウ、花子の気持ちも考えてやれ。」
「は?何ソレ…」
「アイドルに風邪なんか移したくないと嘆いていたぞ?」
何ソレ。何ソレ。何ソレ。
じゃぁ花子ちゃんは俺がアイドルだから、気を遣ったって言うの?
だからルキ君に面倒見てもらうの?
そんなの、そんなの…
「………」
「コウ?」
ルキ君が持っていたものを無言でひったくって、そのまま乱暴に花子ちゃんの部屋の扉を蹴り開けた。
すごく大きな音がしたけれどそんなの気にしない。
するとびっくりした花子ちゃんが肩を揺らしてこちらを見て、驚いた顔で目を見開く。
「コ、コウ君!入ってこないで…」
「うるさいっ!」
大きな声で叫ぶと今度は大きく体を揺らす花子ちゃんに対して不機嫌な顔のまま近付いて
乱暴に洗面器を置いてタオルを浸してギュッと固く絞り、ベチンと彼女の額に叩き付けた。
突然の事で固まってしまった花子ちゃんに向かって盛大に叫び散らす。
「何がアイドルだから、だよ!そんなに花子ちゃんが気を遣うんならアイドル辞める!」
「は!?だ、ダメ!絶対ダメ!」
慌てて俺の言葉を否定した彼女にこれ以上反論させないようにぎゅっと抱き締めて
そのまま囁くように言い聞かせる。
「俺は皆に必要とされたいけれど、肝心の一番大好きな花子ちゃんがこんなに遠慮するのなら意味ないもん。」
「コウ、君…」
ぱっと抱き締めた腕を離してニッコリ笑って見せた。
すると花子ちゃんは今まで我慢してたのかじわりと涙をあふれさせてそのままポロポロと綺麗な雫を零し始めた。
「やだ…コウ君、アイドルやめちゃ…やだ。」
「うん、花子ちゃんはアイドルの俺も大好きだもんねー。」
「アイドルのコウ君も…私だけのコウ君も大好き…」
「だったら俺に甘えてよ…ね?」
ずり落ちたタオルをそっと離しておでこをこちんって合わせて彼女の手を握った。
するとふにゃりと笑ってくれた。
ああ、俺はずっとこの笑顔が見たかったんだよね。
「コウ君、お願い…ぎゅってして?」
「可愛い可愛い彼女様の仰せのままにー。」
彼女の可愛い我儘におどけて答えて見せると嬉しそうに微笑むもんだから
もう我慢出来なくてそのままぎゅうぎゅう抱き締めてあげた。
熱が出て淋しくて不安だったんだよね。
よしよしって子供をあやすように頭を撫でてあげると掠れているけれど可愛い声で鳴いてくれる彼女は俺の最愛だ。
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