9:オネガイ


「そういう訳でアズサがもうこの野獣に夢中になってしまったので俺達ではもう止めることが出来ないおめでとう野獣そしてご愁傷様。」



「だから前から言ってるけど野獣ってやめてくんない?ぶっとばすよ?」



「ふふ…花子さんは乱暴ものだなぁ…俺の事をぶってくれていいのに…」



パチパチと間抜けな拍手が響き渡るので今宵、50冊目になるであろうルキ君のご本の焼却を心で決めながら威嚇すれば
ぎゅうぎゅうと私を抱き締める腕に力がこもるので、私も負けじとアズサ君を精一杯抱き締める。




「はぁ…花子ちゃんの愛も相当だったけどそれに応えちゃったアズサ君って…まぁ、アズサ君が幸せそうだからいいけど。」



「ちょっと、アズサ君ってって…何よコウ君。また蹴り飛ばすよ!?」



意味深な言葉の濁し方をしたコウ君の主に下半身を睨みつけながら凄むと
すぐさま「ごめんなさい!」と謝罪してくれたので今回コウ君のコウ君は私に蹴りつぶされなくて済みそうだ。
全く…すぐに謝るならそういうの、言葉にしないでよね!!



「にしても花子、お前たかが一目惚れ程度でよくもまぁ人間捨てちまえる覚悟が出来るな。」



「それは俺も…思った。花子さん…すごいよね。」



ユーマ君の言葉でアズサ君も首を傾げながらこちらを覗き込むけれど
そんな彼にいささか不満はある。
だって私の愛を信じてくれてるんじゃないの!?ってさ…
でもまぁそうか…きっかけがきっかけだもんね。



ただ夜空を見上げていたアズサ君を見つけてそのまま恋に堕ちただけ。
別に彼と交流した結果彼を愛おしいと思ったわけではない。
普通の同種同士の恋愛ならまだしも異種同士で、更にはこうして人間やめれる覚悟までしちゃってる私を不思議と思われても仕方ないかもしれない。




「うーんでもすごくないんじゃないかな?」



「どうして…?」




傾げている首の角度を更に強くしながら聞いてくるアズサ君にさも当たり前すぎる事を言葉で紡ぐ。
あ、でもこれは私の持論であって彼等にとってはすごいことなのだろうか?




「好きになった人に何でもしてあげたい捧げたいって当然過ぎだもん。すごい訳ないと思うけど。」



「花子さん…」



私の言葉にアズサ君だけじゃなくて他の三人の目も大きく見開いてしまって
あれ、やっぱりこの考えはおかしいのかな?と思ったけれど仕方ない。
私は今までそう思って生きてきたし、今もこうして大好きなアズサ君とラブラブになるためにありとあらゆる手段を使ってきたのだ。




「…カールハインツ様が野獣をアズサに引き合わせた理由はそれか。」



「ん?」



「こっちの話だよー。いや、でも花子ちゃんは愛がちょっと斜め上って言うか手段を選ばなすぎっていうか…ふふっ」



「おい」



「や、丁度いいんじゃねぇか?俺らには。と言う事は待てよ…俺らにも花子みてぇのがこれから…いやいやいや」



「こら」




兄たちの一言一言に突っ込んでいってはいるが彼らの事を調べまくっている私としては言いたいことはちゃんと分かってる。


あの王様が理由もなく一人間である私とマブダチになって此処に彼等に有無を言わせない状況下で送り込むとは思ってなかったが…そういう事なら頷ける。


まぁ私はアズサ君と愛しあえるのならばそんなヴァンパイア王のシナリオだろうと余裕で利用させてもらうだけだけれど。



ぎゅっとアズサ君を抱き締める腕に更に力を込めてそっと唇を塞いでニヤリと意地悪く三人の兄達に笑いかける。
そうだね、きっとルキ君達にも私みたいなのが宛がわれちゃうかもしれない。



「まぁまぁ。存分に溢れすぎる私の愛に触れてればいいよ諸君。あ、でもでもこの愛はアズサ君だけのモノだから一ミリだってあげないんだからね!ぺたぺた触るだけ―!!」



「嗚呼、花子さん…なんて器の広いひと…!」




きっとカールハインツ様が私を此処に送り込んだのは愛を知らない彼等に少しでも愛ってどんなものか教えてあげたかったからじゃないかな。


私の愛は少し他のひとより強烈すぎるみたいだけれど、今まで愛に触れることが出来なかったのならばこれくらいでも丁度いい。


それに当の本人である私はアズサ君が死ぬほど大好きだからもし好転してそのまま彼が幸せになれればそれでいいと思ったのか…



結果、王が気まぐれかどうかは分からないけれど
そっと差し出したその沢山の可能性のうちの私としては最良のモノをこうして勢いよく引っ張り過ぎて
可能性の先のアズサ君本人まで引っ張り込んでこうして自分の腕の中で抱き締めている結果となっているのだけれど。



「どうどう?みんな!私の愛は素晴らしく健気で素敵で愛おしいでしょ!?」



アズサ君と抱き締めあいながら顔だけひょっこり出して
渾身のドヤ顔で言ってみると返って来た言葉は辛辣すぎるもので私の可愛い可愛い顔面にはビキリと青筋が経ってしまう。




「気色悪い」



「アズサ君以外には攻撃的!」



「ぶっちゃけ怖ぇわ。」



「貴様ら」




言葉は辛辣だけれどそれぞれの表情はとても優しい笑顔だ。
うん、ちょっと変わってるけれど私がどれだけ末っ子の…アズサ君の事を大切で大好きで、それでいて愛してるかは分かってくれたようだ。


少しほっとしていればアズサ君が何を思ったのか可愛らしい音を立てて頬にキスをしてくれたのですかさず自分の目線を可愛い可愛い彼のお顔へと向ける。



すると彼も私のマネっ子をしてくれたのか一生懸命渾身のドヤ顔で私に救いの言葉をくれた。




「俺はね…花子さんのこの愛が…だーいすき」



「アズ…んぅ」



「ん、だから…今度は、」




嬉しさの余りいつもの様に大音量で彼の名前と思いつく限りの賛辞を並べようとしたけれど
それは優しいキスで塞がれて紡げなかった。
代わりに出てくるのは彼の可愛すぎるオネガイゴト。




「俺の愛も…だいすきに、なってね?」



「うわあああ今更!!!今更だよねアズサ君私がアズサ君関連で好きな部分があっただろうか、いやない!!そしてその部分は一番好きだよもっと私を愛して天使!!!!」



「ふふ…だから俺は天使じゃ…ないよ?」




もうこれ以上ない位腕は彼の体を抱き締めているから
代わりにすりすりと自身の頬を彼の胸板に摺り寄せて未だに有り余る愛情を表現すれば降って来た幸せそうな笑い声に私は大満足だ。


嗚呼、しあわせ…アズサ君が嬉しそうに笑ってくれるだけで私の心は満たされるどころかまた彼への愛おしさで溢れて洪水状態でどうしようもなくなってしまう。



微笑み一つでこんな素敵で幸せな気持ちにしてくれるアズサ君が天使以外の何だというのだろうか。



「ううん!天使!!アズサ君はやっぱりわたしの天使だよ!!」



私のその言葉を聞いて三人の兄達の呆れたような、
けれど少しうれしそうな溜息が部屋中に響き渡った。



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