10:俺の余裕
「あっれー?スバル君どうしたの?」
「おい、コウ…今この部屋にあの花子ってやつ絶対入れんなよ。」
「はぁ?」
ぽてぽて廊下を歩いてたらスバル君がとある教室の前でぐったりしてたので声をかけてみるとこの台詞。
花子ちゃんの名前が出るって事は100%逆巻さん関連なんだろうけれど一体何が…
じーっと彼の目を見ていると小さくため息をつかれて一言。
「アイツ等またヴァンパイアジュース飲んじまって…」
「あーあのヴァンパイアにしか効かないお酒みたいなやつかぁ…」
確か以前も彼らが飲んでしまって大変な事になったのは話に聞いている。と言う事は今扉の向こうは地獄絵図なのだろう…
…うん、花子ちゃんを入れるのは危険だ。…彼らが。
「あ、スバルきゅんとコウ君なにしてるの?って扉の向こうに逆巻兄弟の気配!」
「…おいコウ、お前の彼女何者だよ。」
「………俺にもわかんない。」
スバル君の呆れた声に俺も溜息。
ホント逆巻さん絡むと花子ちゃんは常人を逸脱してしまうから恐ろしい。そして彼女は何の迷いもなくその教室に入ろうとしたから慌てて止める。
「ちょ、ちょーっと今逆巻さん達取り込み中って言うかぁ…!」
「あいたたたた!この前コウ君が私とルキさんの仲を誤解したとき掴みかかった肩が激しく痛い!」
「長い御説明ありがとうございます!そしてどうぞ!」
「おい!何勝手に勢いよく扉開けてんだお前話聞いてたのかよ!」
煩いうるさい!
彼女にそんな事を言われてしまっては俺は逆らうことが出来ないんだよー!くっそ、一番弱みを掴まれてはいけない人物に握られてしまった!彼女はそんな俺を見て軽い足取りと可愛い笑顔で教室へ入っていった。
神様仏様カールハインツ様、どうかこれから起こるであろう悲劇から逆巻さん達をお守りください。
「あれ、花子じゃねぇか!お、おお?お前が二人いるんだけどどういうことだ?んん?」
部屋に入るなりアヤト君が花子ちゃんにフラフラ寄ってきて彼女の肩を乱暴に掴んでそんな事を言う。
ちょっとアヤト君俺の彼女に乱暴しないでよ!
けれど花子ちゃんはそんな俺の気持ちをよそに
ぎぎぎとこちらに振り向いてこの台詞。
「どうしようコウ君。アヤト君が3Pをお望みだよ。今回の小説は花子×花子×アヤトで決まりのようだ」
「うんわかった、わかったから鼻血を止めてよお願いだから。」
もはやこの程度で引かなくなってしまった哀れな俺の神経に心の底から同情しながら花子ちゃんの鼻血を拭いていくと不意に彼女の腰きな絡まる細い腕二本。
「ねぇ…僕がいるのにどうしてコウとお話してるの?花子さん…」
「ほわああああああああ!」
ぎゅうぎゅう彼女に抱き付いているのはカナト君。何故か上半身裸だ。そしてそんな彼に抱き付かれている彼女は気持ちの悪い断末魔を叫び
とんでもない良い顔である。これが…これが俺の彼女…
「ああああアレ、コウ君、なんか、じ、地震起きてない?震度7位の。」
「…それは花子ちゃんが萌えでガタガタ震えているだけだから。今の花子ちゃん携帯のマナーモードみたいになってるから
っていうかカナト君は俺の花子ちゃんから離れてよー!」
「いやですー!ねぇ花子さん、花子さんは僕の事好きだよねぇ…?だって僕はこんなにも花子さんが好きなんだもん…」
「あ、もう…あっ…!」
「ちょっと萌えのあまり喘ぎ声とか!馬鹿!?馬鹿なの花子ちゃん!」
「お、女の子がそ、そんな厭らしい声あげちゃダメでしょ!?カナト君も、花子ちゃんから離れなよ!破廉恥!」
ベリっと聞こえてきそうな勢いでカナト君を花子ちゃんから引きはがしたのは俺ではなくて顔を真っ赤に下ライト君だった。
あれ、もしかしてさっきの台詞はライト君…?
「もう花子ちゃんも!そんなに制服のスカート短くして!ダメでしょ!」
「…………」
彼のそんな反応に滅多に俺以外には入らない彼女のドSスイッチが入る音がした。花子ちゃんは徐に薄くて大きな本を広げ、イケメンな声でそれを音読する。
「“「ホラ…もうここをこんなにして…これがいいのだろう?」「あ…っ!」俺は耳元で囁く彼の声だけでも反応してしまい、まるで暗示の様に自ら厭らしく足を開いて教え込まれたままおねだりの言葉を口に…”」
「ぃやぁぁぁぁ!や、やめてよ花子ちゃん!そんな破廉恥な漫画どこから出したの!?」
「や、やめてあげて!これ以上粘着系ドSを苛めるのはやめてあげて!ライト君涙目だから!」
彼女お手製の同人誌を音読されてこれでもかって暗い顔を真っ赤にしてしまったライト君は花子ちゃんの声が聞こえないように必死に両手で耳を塞ぐが
彼女は無情にもそんな彼の耳元で厭らしく囁き続ける。小刻みに震えて涙を零すライト君に同情以外の感情が湧かない。
「やめてください…これ以上、私の弟を苛めるのはやめてください…」
震える声で彼女の肩を掴んだのはボロボロと泣いているレイジ君だった。
花子ちゃんはそんな彼に気付いて振り返り優しくぎゅっと抱き締める。
「どうしたんですか?もしかして可愛い天使達を構い過ぎて嫉妬ですか?いやだなぁ私のヨメは貴方だけですよレイジさん」
「私が…ヨメ?私には男の魅力がないと…?うぅ…確かにおかんおかんとはよく言われます…けど、けれど…私だって私だって…!」
「おふぁぁぁぁぁ!?」
流れる涙は止まることはなく、そのまま俺の彼女の花子ちゃんを抱き締める。
大事な事なので二回言おう。俺の彼女である花子ちゃんを彼氏ではないレイジ君が抱き締めている。
そしてもう彼女の瞳は虚ろ。俺の思考回路も虚ろ。もうツッコミを放棄したい。
「うへ、うへへへへレイジさん可愛いこのまま食べてしまいたい泣き顔そそる…SO・SO・RU−!」
「という事は…次のイベントの新刊はぁ?」
「レイジさん総受け!」
親指を立てて格好良い笑顔でそう言ってしまった彼女に盛大な溜息。もう後は残るラスボスしかいない。
これから起こるであろう大惨事に備えて俺は身構える。
「ふは…っ、レ、レイジ総受け…おっかしぃ…ふふ、ふははは」
「コウ君サカマキエルが笑っておられるぞ。」
「…遂に大天使から訳わかんない名称になってしまったシュウ君マジ可哀想。」
いつも無表情の逆巻家ご長男がニコニコ笑ってる。声をあげてそれはもう楽しそうに笑ってる。そして彼女は彼のあまりにものギャップに固まってしまっている。
嗚呼、よかった。俺の予想していた惨劇などは怒らずに済みそうだ。
安堵のため息を吐いた瞬間シュウ君が彼女に歩み寄りその大きな手で花子ちゃんの頬を包み込んだ。
「え、あの、シュウさん…!?ファ!?」
「ふふ、ノーリアクション…おっかしい。俺の事好きなくせに…」
ゆるゆる頬を撫でる手つきが厭らしい。
ニコニコ微笑みながらシュウ君はくったりと首を傾げる。
…あれ、ちょっと待って花子ちゃん息が…息がすごく荒いんですけど。
「ねぇ花子…?
こんな俺は…キライ?」
彼が整った綺麗な眉をハの字に下げてそう囁けばもうこの空間は終わりだ。
俺はせまりくる彼女の断末魔に備えて両耳を塞いだ。
瞬間、その教室の窓ガラスは全て彼女の奇声によって
割れた。
「…満足ですかー?花子さーん。」
俺以外がその場に倒れてしまっている惨劇を目の当たりにしてももはや動じない。
冷静な頭のまま逆巻兄弟と同じく倒れている彼女を抱き上げてもう何度目かわからない溜息。
「何その顔。」
「萌えすぎて限界突破した美少女の顔ですねハイ。」
「なーにが美少女だよバーカ。」
だらしのないにやけた顔に呆れて軽く額を小突くと小さく唸る彼女に苦笑。
もう今日は別に怒ったりなんかしない。
だって今までで散々振り回されて気付いたことが一つだけあるんだ。
「さて、かえろっか花子ちゃん。」
「ヤダもしかしてこのままお姫様抱っこで!?ひゃっほーう!カーッコイイネコウ君!愛してる!」
彼女は“好き”は沢山ふりまくけれど“愛してる”の言葉は俺にしか紡がない。
そんな分かりにくすぎる彼女の愛情表現に気付いてしまってはもう恋人としての、彼氏としての余裕だって出てくるわけで…
「ホント、キミにはかなわないよ。」
困った顔で笑ってガラスの割れた窓から空を見上げる。
今夜は満月。彼等と遊んだ罰だなんて称してどんなお仕置きをこの呑気なお姫様にくれてやろうかだなんて腹の中で考えながら、俺はまた小さく笑う。
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