16:ラブレター、遺書


最初はただの冗談だと思ったんだ。
また俺を驚かせてオロオロするのを見て楽しんでるんだと思った。
けれど今回はそうじゃないようだ。


「…………」


「…コウ、今日も花子の所へは行かないのか?」


「…うん、ごめんルキ君」


悲しそうなルキ君に問われて少しだけ苦笑。
俺はあの日から花子ちゃんの世話を任せている。
いま彼女の前に行ってしまえば俺は多分おかしくなってしまうだろうから。


花子ちゃんはあの日から動かない。
あたたかかった体温はなくてとても冷たいまま。
息さえもしていない。けれど辛うじて心臓だけは動いてる。
まるで人形のようだ。どうして突然こんなことになったのか全く分からない
けれど今起こっている事は紛れもない事実で変えることが出来ない。

只俺に出来る事はこの訳のわからない現実から出来る限り目を逸らすことだけだろうか。
小さくため息をついて重い足取りで学校へ向かう。


「…アヤト君?」


「おー来たな。ん。」


校門の前で俺を待っていたであろうアヤト君が少し不機嫌な顔で何かを突き出した。
あ、コレ…


「花子ちゃんが前渡してた…」


「こー言う事になったら渡してくれって頼まれてたんだよ。」


彼女があんなことになる前にアヤト君たちに渡してた一枚の封筒。
何も書かれていない真っ白なそれを渡されて戸惑いを隠せない。
コレ、俺宛だったんだ…


「多分、花子はこうなるの分かってたんだろうな。」


「は…?」


こうなる…って、どういう事?
なんだか俺の知らない事ばかりが一気に押し寄せてきてしまって混乱する。
頭を整理しきれないまま立ち尽くしてるとアヤト君は未だ不機嫌な顔のままで


「おい、これから花子をどうすんの?捨てんのか?」


「は!?そんな訳…っ!」


「だってアイツ、もう動かねぇだろ」


「………っ」



残酷な言葉が俺に突き刺さり、もう何も言えなくてじわりと涙を浮かべる。本当に、本当にもう花子ちゃんは動かないんだろうか…
前みたいに煩く騒いだり、俺に愛してるって言ってくれないんだろうか。
それを見たアヤト君は大きくため息をついて俺の頭を思いっきり殴った。


「いったぁ!?」


「とにかく!渡したからなっ!絶対読んでやれよ!?」


彼はそう叫ぶとまたぶつぶつ言いながら教室へと向かっていってしまった。
取り残された俺は取りあえずその場で封筒を開けてみる。
入っていたのは二枚の便箋。


「花子ちゃ…えぇ?」


綴られていた文章の冒頭を読んで盛大に顔を歪める。
おい、花子ちゃんどういう事?今君はどえらいことになってるんだよ?


『コウ君へ アヤト君の不機嫌顔って国宝にしてもいいと思わない?私は思うんだよね。』

大きな溜息が出た。今までで一番大きな。
そして手紙の中では相変わらずな花子ちゃんに思わず顔が綻ぶ。
ああ、そうだよね。花子ちゃんってこういう子だよ。だから俺は好きになったんだ。
そしてもう一枚の便箋に目を移す。そこには中央に小さな文字で一つ。


「“あ”?」


…どういう意味なんだろう。
俺はその謎の二枚目に疑問を持ちながらようやく校門をくぐった。


「つぎはカナト君…」


「遅いです…僕を何分待たせるんですか…」


教室の前で涙をためてこっちを睨んでくるカナト君に苦笑。
そしてやっぱりアヤト君と同じく彼女から渡されていた手紙を俺に差し出す。


「花子さんは…コウに言っていたの?自分の体の事…」


「え…、」


ぐしゃり。
彼の言葉に思わず彼女の手紙を握り潰してしまった。
何、体の事って…俺は何も聞いていないし、彼女の考えている事にだってそんな事微塵も…
カナト君は俺の反応を見て悲しそうに目を伏せた。


「本当に、コウは花子さんに愛されてるんですね…ムカつきます。」


「は?」


彼はそれだけ言うと足早に自身の教室へと去っていった。そして俺は再びその封筒を開く。


「………ふはっ」


やっぱり変わらない花子ちゃんに思わず声をあげてしまう。
もしかして、こうして俺の事励ましてくれてるのかなぁ。


『カナト君は王子さまって言うよりお姫様の方が似合うと思うよね。ヒステリック・プリンセス…イイ!』



「今度の新刊はカナト君受けかな…」


そう呟きながらやっぱり入ってたもう一枚の便箋を見る。


「“い”…か、」



彼女のいつも通りのテンションの手紙と謎の単語の便箋をぎゅっと握って自身の教室へ入る。今はなんだか授業なんて受ける気分じゃないけれど仕方ない。

何もしないよりかはマシだ。何かしていないとあの日の動かない花子ちゃんを思い出してしまって辛い。



「ライト君、ほんっと似合うねこういうトコ」


「んふっ、デショデショ〜?花子ちゃんにも言われたよー。」


授業中突然校内放送で呼び出されて何事かと思えばライト君が呼び出し先の保健室でニコニコ笑ってた。
そんな彼にため息をつくと相変わらずつかめない笑顔で例の手紙を差し出す。


「はいっ♪コウのビッチちゃんからのラブレターだよ。」


「俺の花子ちゃんはビッチじゃないやい!」


聞き捨てならない彼の発言に一つ吠えると
ライト君はその切れ長な目を細めた。


「けどさぁ、花子ちゃんも愚かだよねぇ。絶対に幸せになれないのにそれでもコウを愛したんだからさ。」


「…何か知ってるの?」


「教えてほしいの?…んふっ」


ライト君は意地悪く微笑み乱暴に俺の髪に掴みかかった。
そして蔑んだような瞳でこちらを覗き込む。


「どうして僕達が周りうろつく絶好の餌にてを出さなかったかわかる?」


「え…?」


それは当たり前だった日常だった。
いつも花子ちゃんは逆巻さん達に付きまとっていた。けど、そう言えばそうじゃないか。

花子ちゃんは人間で、彼等にとっても、俺にとってもオイシイ餌のはず…じゃぁ、なんで。
俺の考えている事に察しがついたのか彼はまたニヤリと笑った。


「花子ちゃんは普通の女の子だよ?僕達と深く関われば壊れちゃうよね。まさか、【覚醒】なんて夢でも見ちゃったかな?だからコウはお構いなしに彼女の血を啜ってたの?」


「じゃぁ、花子ちゃんが目を醒まさないのは…」


「全部コウの所為だよ。」


綺麗な笑顔で死刑宣告とはまさにこの事だろう。
もう俺は目の前が真っ暗になってしまうような気がした。ライト君は固まってしまった俺を見て大きく笑い、俺に渡したはずの封筒を取り上げ乱暴に破く。


「あ…っ!」


「どれどれ〜?花子ちゃんは自分を壊した張本人になんて言葉をかけ…ぶはっ」


意地悪な顔のライト君だったけれど、彼女の手紙を見るや否や盛大に吹き出した。
え、な…なに…

彼は必死に笑いを抑えながら俺の肩に手を置いて笑いで涙目になりながら呟いた。


「花子ちゃんて…エスパー?」


「はぁ?」


意味の分からない言葉に俺は奪われた手紙を探訪に奪って内容を確認するけれど………うん、花子ちゃんはエスパーなのかもしれない。


「あーもう!もっとコウを苛めたかったのに、花子ちゃんの所為で毒気抜かれちゃったよ〜」


「お、俺も…悲しみに暮れていたかったけど今は花子ちゃんがエスパーなのかの方が気になるよ…」


保健室に二人分の盛大な溜息と笑い声が響く。
それもこれも全部全部この便箋に筆ペンででかでかと書かれている花子ちゃんの文字の所為だ。



『ライト君悪役乙。でもそんなライト君受けだと思うから今度の新刊はシュウライでいこうと思う。』



なんだよシュウライって、もうもうもーう。本当にシュウ君入れないと気が済まないの?この子は。

全く、このテンションは死にかけてても変わんないのかなぁ。一つ息をつきながらもう一枚の言葉を盗み見る。


そこに書かれていたのは“し”。


花子ちゃんは、俺に何を伝えたいのかなぁ。


ガラリとその場を後にすれば待ち構えていた次男坊。相変わらずの仏頂面でクイっと眼鏡のブリッジを指であげる。

きっと彼の持っている封筒には『レイジさんが嫁な理由』とかまた訳わかんない事が書いてるんだろう。
そんな事をぼんやり考えていると、レイジ君はその小奇麗な顔を歪めた。


「こうなる前に、と。父上は彼女を止めていたのですが…なかなか人間の女性というのは独占欲が強い。」


「だから…花子ちゃん、カールハインツ様と…」


おかしいと思っていたんだ。どういった経緯で、彼女とあの方が連絡を取り合うようになったのかとか。
けれど、どうしてあの方はそこまで花子ちゃんの身を案じたんだろう。
レイジ君は困ったように微笑んで俺の頭を撫でた。


「あまり自身を責めないように。この結末は彼女の望んだことです。“私が息をしている間、彼に自分以外の血を吸って欲しくはない”…と。」


そう言いながら、空いている手でスッと彼女の手紙を渡してくれた。
いつになく優しい彼の言葉に思わず涙が零れた。


「うぅぅ…おかーさぁぁぁん」


「本当に…そう言う所、花子さんに似てしまいましたね。コウ。」


呆れたと、言わんばかりに溜息をつたレイジ君だけど
うん、花子ちゃんがいつもレイジ君を嫁にしたいって言ってたのが少しだけわかった気がする。
そしてまた封筒を開けてその文面を見て思わず苦笑。


「馬鹿だなぁ…花子ちゃんは…ホント、馬鹿」


『いくらレイジさんが心優しきママンでも私がいるんだから浮気しちゃダメだよ!』


花子ちゃんがいるのに誰かに浮気とかありえないから。
もうホント、変な所で独占欲強いんだから…ていうか男に嫉妬って俺どんだけ信用されてないわけ?
零れる涙が止まらなくて、乱暴に拭ってもう一枚の手紙を見る。


「“て”。」


“あ”“い”“し”“て”


…これが彼女のサプライズか。
じわりとむねが熱い。熱くて苦しい。
未だに収まらない涙を零しながら不意に廊下の向こうに突っ立ってこちらの様子をうかがってる末っ子を視界に捕える。


「スバル君。」


「あぁ〜もう!泣いてんじゃねぇよ!お前も花子も馬鹿みたいに笑ってた方がお似合いなんだっつーの!オラァ!」


大きく叫びながら俺の顔面に彼女の手紙を押し付ける。いつもならアイドルの麗しき顔に何してくれるの!って怒鳴るんだけど、今はそんな元気はない。

5枚目の手紙を大人し開けるとやはりその文章に笑わされてしまう。


『天使スバルきゅんはきっとこの手紙をツンデレ全開で渡すと思うからこの世のツンデレっ子はしっかり覚えておきたまえテストに出ます』


テストって何だよ。ていうかこれ俺にしか読まなんだけど、俺にテスト出す気なの?
別に俺はツンデレでもなんでもないっつーの!

呆れつつも5つめの文字を認識すればもう俺の涙腺はおかしくなってしまい、そのままその場にへたり込む。
酷い…酷過ぎる…こんな言葉。


「お、おい…コウ?どうしたんだよ…」


「う…うぅ〜…やだ…やだよー…花子ちゃん…、うぅぅ…」


スバル君が狼狽えてしまっているけれど俺はもうそれどころではない。
彼女の最後の言葉に俺の心は完全に抉られてしまった。
ああ、これは只の愛の言葉じゃなくて…



花子ちゃんから俺への遺書だ



「やだ…、ずっと一緒って…いったのに…!」


俺の事愛してるって、ずっと一緒って言ってくれてたじゃないか…
優しいその笑顔でずっと、って…
もうあの馬鹿げた毎日は戻ってこないの?



「花子ちゃん…花子、ちゃん…」



何度も何度も彼女の名前を呼んだ。
普通こーいうー時は後ろから抱き締めてくれるもんでしょ?
寝てる場合じゃないよ花子ちゃん。君の愛しの彼氏が君を想って泣いてるんだよ、いつもみたいに慰めなよ…



「これでお別れなんて、絶対ヤダ…」



チラリと俺の掌から見える【5文字目】。
それを見て俺は大きく声をあげて駄々っ子の様に泣き喚いた。




5文字目の君の言葉は“た”




【あいしてた】だなんて、なんて残酷なんだ。
それはもう二度と会えない俺へのサヨナラの言葉だ。



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