26:抜け落ちた日常
“遺された者の悲しみを考えた事があるかい?”
私の問いに彼女は一つも表情を変えずに答えたのだ
“なら、消しちゃいます?”
「はぁ、もう朝から気持ち悪いなぁ…」
俺一人のベッドのはずなに人間一人分空けるように端で眠っていた俺もおかしいし
この温もりと香りも意味わかんない。
何か霊的なものでも現れちゃったりした?あ、でも幽霊って体温ないよね。
…まぁ考えてても仕方ないし、今日は学校へ行かなきゃ。
徐に体を動かせば首に何か違和感。
「…………ネックレス?」
自分の首に買った覚えのない銀色のチェーンにリングがゆらゆら揺れている。
ピンク色の石がワンポイントで可愛らしいけれど…一体いつ買ったっけ?
ていうか本気で買った覚えないし…きもちわる。
「ま、どーせどっかのエム猫ちゃんからの貢物だよね」
呑気に独り言を呟いてそのネックレスをゴミ箱へ放り投げる。
カシャンと無機質な音な筈なのにどうしてか酷く悲しい音色に聞こえる。
「意味わかんない…って、それより支度支度!」
大急ぎで登校の準備をしてたら今度は机に体をぶつけてしまう。
それはガタンと大きく揺れて、引き出しの中から何かが零れ落ちた。
「…ファンレター?」
落ちてきたのは六枚の真っ白な封筒。
ファンレターの割には宛先とか何も書いて無くて気味が悪い。
六枚のうち、一つはどうしてか織り目が付いちゃってるし。
「あーもー、何なんだよ!」
そもそも俺のエム猫ちゃん達はこんな愛想のないファンレターなんて送ってこないし。
余計気味が悪くてその六枚をぐしゃぐしゃっとまとめてネックレスと同じくゴミ箱へと捨てた。
「………ん?」
何でか急に胸が苦しくなってしまって、どうしたらいいか分からず
気を紛らわせるためにそのまま急いで学校に向かう事にした。
いつまでも一人で部屋にいるから悪いんだよきっと!
「はぁ〜もう今日も一日勉強ダル…って逆巻さん!」
一日中だるい授業を聞いていてげんなりしていれば通りかかる逆巻さんに過剰反応する身体。
ん、アレ?何で俺こんなに逆巻さん達の事警戒してるんだろ…
何か今日は俺おかしいかもしれない。
自分の様子が普通じゃないと結論付けて早い目に帰ろうとして教室から抜け出して
廊下を走れば思いっきり何かに躓いてしまった。
「いいいいったぁぁぁぁ!?って、シュウ君じゃん!」
「ん…?なんだコウか…ふぁ…ねむ、」
そ、そう言えばさっきの逆巻さん集団の中にいなかったっけ…
ていうか廊下のど真ん中で寝るって何事だよ!流石長男!やることが違う!
「全く、流石大天使シュウ様だよねぇ…こんな寒い廊下でぐっすりとか考えられないよ。」
「…はぁ?大天使?シュウ様…?…アンタ遂に頭いかれたのか?」
「あ、アレ…?」
何気なく出てきた言葉にシュウ君は眉をひそめてこちらを見つめる。
そして俺も自分の言葉に呆然だ。
え、何?大天使って、しかもシュウ様って…えぇ?
アレ、でも俺この言葉すっっごくよく聞いた覚えがあるんだけど…
聞き覚えなんてあるはずない単語に首を傾げる。
嗚呼、どうやら俺は相当疲れているようだ。
「ご、ごめんシュウ君。俺なんか今日おかしいみたいだから帰る」
「そうみたいだな。ったく…大天使とか様付けとか気色わる…」
俺の言葉に再び眠り始めたシュウ君に苦笑しながらそのまま家へと急ぐ。
もうこんな日はかえって速攻眠るに限る!
「…おっかしいなぁ。」
家に帰ってシャワー浴びてそのままベッドにダイブしたのはいいけれどすっごく違和感。
何か物足りない。
何だろう…こう、決定的なのがない気がするけれどその正体が全然わかんない。
こんなんで眠れるはずもなくて、何か気分転換に飲み物でもと思い立って部屋を出る。
そしてリビングに向かう時に不意に目に入った一つの空き部屋。
…俺、なんか、ここに毎日来てた気がするけど…。
気になって徐にドアノブに手をかけて扉を静かに空けた。
「…………え、」
そこには当然だけど何もなくて、只々殺風景な空間が広がるばかりだった。
当たり前の光景な筈なのに心は酷く喪失感と焦燥感に駆られる。
何なんだよ。本当におかしい…おかし過ぎる。
朝から訳わかんないよ。
誰のものかわかんないネックレス
宛名のない六枚の封筒
逆巻家に過剰反応
シュウ君の変な呼び名
…そして悲し過ぎる何もない部屋
「はは、俺…仕事のしすぎでおかしくなっちゃったのかな?」
小さく自嘲して、どうしてかわかんないけど
今この部屋から絶対離れたくなくて、何もない部屋で小さく蹲って瞳を閉じた。
「はーい!こんばんは!皆のアイドル、無神コウだよー!」
次の日、俺は何事も無いように仕事に向かった。
プライベートが訳わかんないからってそれを仕事に持ち込むとか無理無理!
じゃなきゃ“アイドルとして皆に夢とか笑顔を振りまくコウ君が大好き”って言われたのに示しつかない!
…ん?誰がそんな事言ったっけな?
まぁいいか。今は目の前の仕事に集中すべきだ。
今回はバラエティの仕事。
いつもの様に明るく笑ってはしゃいで、ファンのМ猫ちゃん達を魅了する。
ああ、やっぱり皆に必要とされるのって嬉しい!
最後のあいさつでみんなの声援に応えるためにマイクを取った。
「みんなー!今日はありがとう!だいすきだよ!あいし………………あれ?」
固まってしまった俺に現場は鎮まり返る。
そして間もなくざわざわと動揺する音が響き渡る。
…どうしたんだろう。只のリップサービスなのに、あの五文字が言葉にならない。
だいすきはすんなり言えるのに、どうして…。
混乱する頭と心がぐちゃぐちゃになって、何も考えられずに本能的に出た単語に俺は驚愕する。
「………花子ちゃん、」
誰だそれは。
俺の知っている人じゃないはずなのに、その固有名詞を呟いた途端
訳が分からない位大量の涙が瞳から零れ落ちた。
戻る