28:愛の歌


悲しくて寂しい…切ない哀の歌が世界に響く。
嗚呼、ちがう。
そうじゃない。
私が聴きたいのはそんな辛気臭い歌じゃないんだよコウ君。





自室で大声を上げて泣き喚き続けた。
声が枯れても、涙は止まらない。
もしかしなくても花子ちゃんって子は俺にとって大事な人だったようで…
それがどういった関係かは分からないけれど彼女の正体が知りたくなってしまった。
大きな決心を胸に秘めて、俺は手紙たちとネックレスを持って部屋を飛び出した。




「おや、珍しいね。私に何か用かな…コウ。」


「突然の訪問、申し訳ございません。カールハインツ様」


俺はあの後その足でこの方の元へと向かった。
皆彼女の事を知らないけれど、何だか彼なら花子ちゃんの事を知っている気がして…
徐に俺の握り締めている封筒とネックレスを見た彼は少しだけ目を細めた。


「嗚呼、彼女の愛はそこまで根強く染みこんでいたか…」


「やっぱり、何かご存じなんですね。」


俺の言葉に彼は少しばかり嬉しそうに微笑んで
俺の頭を何度か優しく撫でる。
アレ、こういうの…誰かにもよくしてもらった気がする。



「そうだね…では、少し…昔話をしようか」


「昔話…ですか?」


「コウを溺死させるくらいその愛で溺れさせた王子様のお話だよ」



カールハンツ様はそう言ってひとつひとつ、ゆっくり、子供に言い聞かせるように沢山のお話をしてくださった。
それは全て俺がいかにその子に愛されていたかという下らなくて愛おしい恋物語。





「…全ての存在から君を消したというのに。どこまでも恐ろしいものだね、君の愛は。」


勿論コウの中からも彼女の存在はすべて消していた。
けれど、本能的にもう彼も彼女に…花子に毒されてしまっていたようで。



もう染み付いてしまっている。
本当に愛しているもの以外には決して“あいしてる”と言ってはいけない事
何も無くなってしまった彼女の空間に酷く愛を求める事
彼女が居なくなってしまって淋しいと、悲しいと心の奥底から喚き散らす事


記憶は全て消したというのに…本当に、面白い。



「花子、結局コウはどう足掻いても君の愛から逃れる術がないようだね」



コウの為に全てから消える決心をした君には非常に申し訳ないのだけれど
どうやら私の力でも本当の愛というものは消せないらしい。
きっとこれから紡ぐであろう彼の心からの歌と、彼女の反応を想像するだけで思わず笑みがこぼれてしまう。


「嗚呼、私はもしかしなくとも花子に怒られてしまうかもしれない」


困った…あのメール友達を怒らせると後が怖い。
コウを沢山泣かせてしまった事、あんな酷い悲しみの声をあげさせてしまった事
きっと今頃ご立腹なのだろうね…


不意に自身の携帯が可愛らしい音を立てる。
嗚呼、もう…本当にこの人間は勘がいいと言うかなんというか…
液晶画面を見つめて相変わらずの彼女に思わず苦笑。


「ハイハイ、それ位ならご自由に…」


私の話をすべて聞いて駆け出して行ってしまったコウが戻っていった道を見つめながらまた小さく笑った。


きっと今ならコウの【愛】も君に…いや、世界中へと届くだろう。


思考回路のおかしい君が精一杯愛した彼の集大成というやつだ。
ようやく君が彼に包み込まれるシーンが見れるのだろうか…


「悲劇を喜劇に変える…か、」


遺されたコウの傷はきっと癒えることはない。
けれど今回の事で思い知った。
もう君達の愛を無かったことにすることは神でも不可能だと言う事に。
ならば後私に出来る事と言えば、これくらいだろう…


「どうか最後の最期まで、美しくもおかしい愛の悲劇に祝福を…」


ささやかな洒落た魔法をひとつ。
愛しい人の傷を背負うのも幸せだと言うのならば、どうかそれを証明して見せておくれ。



ひらり、ひらり
静かに雪が舞い落ちる。
私からのささやかなプレゼントだ、受け取っておくれ。


最後に小さく笑ってこれからの結末に胸を躍らせ瞳を閉じた。





「花子ちゃん…」


雪が舞い落ちる。
静かすぎるその空間はまるでそこだけ別の世界のようで…
ひたすら走って走ってようやく立ち止まって立ち尽くした。


1人きりでこんな景色は酷く寂しい。



一度捨てたはずのネックレスを再び首へとかける。
大好きな…ううん、愛してる人からもらった大切なプレゼント。


正直あのお方の話、一言目で全部思い出した。
全部聞かなくても今までの事。
それだけ花子ちゃんの存在は俺の中で酷く根付いていて、本当に俺はもう彼女の存在なしじゃ生きていけない。


いつだって花子ちゃんはなんだかんだで俺の事を一番に考えてくれていて
俺の欲しい言葉だって心だって全部全部くれていたって言うのに
肝心の俺は格好良く思われたいとか出し抜きたいとかもっと愛されたいとか結局は自分の事ばかりで…
けれど今更もうそれを変える気はない。
だから…だから、


「ごめんね、花子ちゃん」


折角君が俺の事を思って全てから消えようとしてくれたのに
自分勝手な俺はまた君の分かりにくい優しさを盛大に裏切ることにするよ。


「あいしてる…愛してるんだ、花子」


傷、残ってもいいよ。
君につけられるものなら大歓迎だ。
小さく冷えた空気を吸って歌い上げるのは愛の歌。
冷えた空気は音をよく響かせる。
普段より遠くまでこの音を届けることが出来る…



ああ、そうだ。
ラブソングってこうやって歌うんだ。
君への…花子ちゃんへの気持ちを精一杯込めて、だいすき、あいしてるってたくさんたくさん…



大丈夫、きっと届く。
自分勝手で、だけど君に教えてもらった大き過ぎるこの愛はどこまでもまっすぐだもの。



「ねぇ、聴こえてる?王子様。」



今時王子様がお姫様を迎えに行くなんてありきたり。
美し過ぎるお姫様が腐った王子様を迎えに行ったっていいんじゃない?



誰もいない場所での1人コンサート。
観客はこの世界のどこかにいるであろう君だけ。



絶対絶対迎えに行く。



君の人生の中で一度くらい俺が「だいじょうぶだよ」って包み込んでみたいんだ。



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