29:おかえり、キミ
小さな箱の中から聞こえる彼のラブソング
すぐ傍で聞けないのは残念だけれど
皆泣きながら幸せそうに微笑んでる。
嗚呼、やっぱり貴方は最高のアイドルだ。
「成功、せいこう、だいせいこうってね。」
俺がいつも通りにおどけて見せても彼女はこちらを振り向いてはくれない。
ずっと俺の新曲発表ライブの映像を小さなテレビで見つめているだけ。
そんな彼女に少しばかり苦笑した。
彼女を、花子ちゃんを思い出して紡がれた愛の歌は自分で言うのも何だけれど最高の出来で
俺のすべてを詰め込んだその歌は瞬く間に世間を魅了した。
そして忙しいスケジュールを前倒しに詰め込んで手に入れた長い休みの中ようやく彼女を見つけた。
「ねぇ花子ちゃん、帰ろう?」
「…、うーん。」
こちらを振り向かないまま抑揚のない返事。
そんな彼女にイラつくことはなくそのまま言葉を続ける。
「俺さ、花子ちゃんがいないと何もできないんだよね」
「…でも、私は絶対コウ君より先に死んじゃうから」
うん、そうだね。
だから花子ちゃんの死で俺が悲しまないようにってこの世の全部からキミは消えたんだよね。
今彼女の存在を知っているのは神様と俺だけだ。
「花子ちゃんが俺の中から消えちゃってさ、ラブソング一つまともに歌えなかったよ。」
「…あの歌はサイテーだったね。」
あ、ようやく笑ってくれた。
彼女を思い出す前の酷い歌を聴かれていたと思うと少しだけ恥ずかしかったけれど
それでもソレをネタにキミが笑ってくれるならそれでいいかなって思う。
俺も彼女と一緒に小さく笑ってそのままぎゅっと抱き締める。
ああ、久々過ぎる感触と香りに思わず泣いてしまいそうだ…。
「だからね、花子ちゃん。俺とずっと、ずーっと一緒に居てよ」
「だから、それが出来ないから」
「出来るよね」
彼女の反論の言葉を途中で切ってそのまま抱き締める腕に力を込める。
もう絶対に何があっても君を離すことなんてしない。
「花子ちゃんはずっとずーっと俺と一緒。生きてる時はもちろんだけど、もし死んじゃってもこうやって俺の中でいてくんなきゃヤだよ」
彼女の手を取って俺の胸へと宛がえば少しばかり揺れてしまった彼女。
体温も心臓の音もしない俺を動かすのは紛れもないキミで、たとえ花子ちゃんの呼吸が止まったとしても
俺の中の傷として永遠に一緒に居てくれなきゃ困る。
君と過ごした記憶さえもなかったことにされちゃっても、もう俺は細胞レベルで君に夢中なんだから。
「俺、こう見えてもすっごい淋しがり屋だからさ。花子ちゃんが傍に居てくんなきゃダメなの」
「コウ君は、遺された時耐えれるの?」
「無理無理ぜぇったい無理!超泣いちゃう。…でも、」
彼女の問いに盛大に叫んでそのまま唇にキスをした。
そしていつも花子ちゃんが俺に言ってくれるように愛の言葉を紡ぐ。
「最愛との思い出を全部無かったことにされるより…ずっと、いい。」
きっと君を失う事は身を引き裂かれるより辛い。
でもそれってそれだけ君を愛したから辛いって事だよね?
なら俺はその辛さだって、その痛みだって愛せる気がするんだ。
「頼んない吸血鬼だけどさ、花子ちゃんの事…最期まで愛させてよ」
「コウ君っていつの間に攻めになったんだっけ。」
小さく笑った彼女の表情はとても晴れやかで
ああ、どうやらキミも覚悟が決まったみたい。
自己中な彼氏でゴメンネ。
でもやっぱりキミの事は一ミリだって忘れたくないんだ。
例えそれが盛大に俺自身を傷付けたとしても
「ねぇ花子ちゃん、楽しい事たくさんしよ?喧嘩も、修羅場もいっぱいいっぱいしよう。そんで沢山沢山俺に花子ちゃんを刻み込んでよ。」
時間が許す限り、キミと沢山過ごしていたい。
別にそれが甘い時間ばっかりじゃなくたっていい。
辛くたって悲しくたって君と過ごした時間はきっと全部全部俺の宝物になるから…
「…じゃぁコウ君のラブソング生で聴きたい。」
「へへっ、愛しい彼女様の仰せのままにー。」
久々に聞く事の出来た花子ちゃんのお願いはとっても可愛らしいモノで
俺は盛大に彼女への愛を込めたラブソングを歌いあげる。
そして歌の途中でチラリと彼女の表情を盗み見て思わず紡いでいた言葉を止める。
「コウ君?」
「は、は、は…!」
わなわなと体を震わせて感激のあまり涙を瞳に浮かべながら彼女を見つめれば
花子ちゃんは意味が分からないと首を傾げる。
そんな彼女を抱いていた腕にめいいっぱい力を込めて盛大に叫び散らかす。
「はじめてみたー!花子ちゃんの可愛い顔ー!!!!!!!」
彼女への愛を歌っている俺を見つめる彼女は
とても幸せそうに、とても嬉しそうに笑っていた。
それはもう今まで見たこと無いような、ずっとずっと俺が求めていた可愛い彼女で…
俺が彼女にそんな顔をさせたんだって思うと嬉しさの余り遂に涙をボロボロ零してしまう。
「アレ、さっきまで格好良かったのにやっぱ可愛いねコウ君。」
「いい!もう可愛くってもいい!花子ちゃんのが可愛すぎだから問題ない!!」
ああそうか、愛ってやつを正しく彼女に伝えればこうやって笑ってくれるんだ。
よかった、どうやら俺はようやく彼女を満足させられるだけの愛を自身の中で育て上げれたようだ。
「花子ちゃん…ううん、花子。愛してる。君が死んでもずっとずっとずーっと花子だけを愛してる。」
「…まって、コウ君。待って…ホントちょっと待って…むりむりむり」
正直な気持ちを言葉にして紡ぎだせば初めて見るような彼女の萌えじゃなくて普通に照れた恋する乙女の顔。
ああ、きっと彼女にこんな顔をさせることが出来るのは紛れもなく世界でたった一人俺だけで
それがうぬぼれでも何でもいいから俺は満足してもう一度沢山の好きと愛を込めて花子ちゃんの唇を塞いだ。
「さ、帰ろ?いつも通りの馬鹿げた日常をまた始めちゃおう。」
君が天使達に悶えてそんなキミに激しく嫉妬して、
ルキ君達に呆れられて…そんな俺達を遠くからカールハインツ様が笑って見てる
そんな馬鹿げた愛すべき日常の再開しよう。
エンドロールまでまだ少しばかり時間があるよ。
それまで最高に楽しもうよ。
俺なら平気。
君に貰って育てた愛があれば何があろうと無敵だからさ。
小さく笑って思いっきり彼女を現実世界へと引き上げた。
君がいない世界から目を醒ます時間だ。
「おかえり、花子ちゃん。」
俺の手を取った彼女がそんな言葉に嬉しいような恥ずかしいような顔をして笑った。
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