俺の胸元で二つの小さなリングが揺れる。
ああ、君がいなくなってからもう何年が経ったんだろう…



「コウ、元気にしているかい?」



「カールハインツ様!」



ある日珍しくカールハインツ様が俺を訪ねてやって来た。
こんなわざわざ足を向けて頂かなくても俺から行くのにって言えば
彼は少しばかり嬉しそうに微笑んで「今日だけは自分でここへ来たかった」って仰った。



「これ、私のメール友達からの預かりものだよ」



「え………、」




彼の意外な言葉に固まれば、そんな俺に差し出された一つのビデオテープ。
もうこの時代にこんなの再生できるものないって思えばカールハインツ様は悪戯が成功したように微笑んで
映写機を用意してくださった。


「以前コウの記憶を奪った時があっただろう…?あの時、丁度彼女からメールが来ていてね。」



「花子ちゃんから?」



「“何コウ君泣かせてるんですか、罰として私のパシリしてくださいね”ってね」


…ヴァンパイアの王様をパシリに使うって何事なの。



ホント、花子ちゃんってば怖いモノ知らずなんだから。



俺の部屋に映写機をセットして彼から受け取ったビデオテープをドキドキしながらじっと見つめる。


…一体何が映っているんだろう。



カールハインツ様はそんな俺を見つめて「後は一人で観なさい」って仰って姿を消した。
俺は震える手でそのビデオテープをセットする。



最初に映ったのは懐かし過ぎる彼女の部屋だった。そしてガタガタと主音が聞こえて、ひょっこりと愛おしい人が顔を出す。



「花子ちゃん…」



『よっと、これでおっけー、かな?映ってる?おーい、コウくーん!私映ってるー!?』



画面の中でぶんぶんと手を振る彼女は俺の知ってるいつもの彼女だ。
はいはい、映ってる。盛大に映ってるから、そんなガタガタしないでよもう。
呆れて画面の中の彼女に苦笑してしまう。
ああ、こんな笑い方するのは久々かも…



『あーえーっと、お久しぶりコウ君。これを見てるって事は丁度私が死んで100年かな?ちゃんと生きてるー?後追いとかしてないでしょーね?』



「あ…そう、か…100年、」



彼女の言葉にハッとする。
あれからめまぐるしく時間が経っていたからそんなに月日が経っていただなんて思ってなかった。
そうか、もう…君がいなくなってそんなに経つのか。



『んー何話そう。あ、コウ君相変わらず総受け?どうなの?そこんところ詳しく!』


「うるさいよ。余計なお世話だっていうの。」



相変わらずな彼女にまた笑って悪態を付く。
結局彼女が俺の事攻めって認めてくれたのはあの日だけで、あれから一度も格好いいとかは言われた事が無かった。


でも俺はもうそれでもいいかなって。
だって花子ちゃんはそんな総受けの俺よりももっと可愛かったから…



『あと…そうだ!これ、撤回させてほしくてこのビデオレター作ったんだよね!!』


「撤回?」



何をだろう…ていうか100年経って今更何を撤回するって言うんだ。
ちょっぴりドキドキしながら、傍にあったクッションをぎゅっと抱き締めて彼女の言葉を待つ。



『あのね、“来世でも私に愛されて”ってやつやっぱナシ。』



「え、えぇぇぇえ!!?」



まさかの発言に俺はもはや前のめりで画面をガクガクゆらす。



「ちょちょちょちょっとどういうことだよ!あの台詞に超ときめいた俺の時間返してよ花子ちゃーん!ばかー!!!」




けれど、当然のことながら俺の喚きは画面の中の彼女には届かない。
代わりにその顔を穏やかな微笑みに変えて彼女は言うのだ。



『私ね、来世の自分にもコウ君の事…とられたくないや。』



「……………花子ちゃん」



その言葉にピタリと動きを止めて、また元通りの位置に座り直して
じっと彼女を見つめる。これからは一秒、一コマたりとも見逃したくはない。



『コウ君が私を迎えに来てくれたときにね、本当に胸がぎゅってなってね…嗚呼、この人を誰にも取られたくないなぁって思ったの。』



…それは俺の台詞だよ花子ちゃん。
いつだってキミを誰にも取られたくなくてずっとこっちを向いてて欲しくて俺はいつだって必死だったんだから。


じわりと涙が出てきちゃいそうなのを必死でこらえながらひらすら彼女を見つめる。
俺の涙なんかで彼女の姿をにじませたくなんてない。



『だから…来世の私なんかと浮気しちゃやーよ?』



「ふふ、了解でーす…」



するとビデオの中から突然ドンドンドンって煩い音が鳴り響いて
聞き覚えのありすぎる金切り声が響き渡った。



『ちょっとぉぉぉぉ!!!か、彼氏である俺をほったらかして何閉じこもってんのさ!!相手してよ花子ちゃん!!!淋しい!!』



………紛れもない俺の声だ。
全く、100年前の俺ってば相変わらず余裕ないなぁ。
花子ちゃんはそんな俺の声を聞いて盛大に溜息をついて扉の向こうの俺に叫び散らかす。



『うるせぇ!今愛しの人にメッセージ送ってんだ!!コウ君邪魔しないでよ!!!』



『い、愛しの!?ちょ、花子ちゃんまさか浮気!?浮気なの!?俺と言う最高に格好いい彼氏がいながら浮気!?やめてよ!!泣いちゃう!!!』



め、女々し過ぎる!!!
100年前の俺超女々し過ぎる!!そして俺あの時自分にやきもち妬いてたんだと思うと100年越しにすごく恥ずかしくて
ぼふんと顔を真っ赤にしてしまう。


すると花子ちゃんは困ったように笑って俺に向かって手を振った。



『コウ君が煩いからもう行くね、バイバイ、コウ君。』



「あ、花子ちゃ…まっ、」



“もう行くね”
その言葉が酷く心に突き刺さって、思わず手を伸ばした瞬間画面は真っ暗になってしまった。



「花子ちゃん…」



呆然としていた俺は徐に淋しさを紛らわせるためにぎゅうぎゅうとクッションを抱き締める。


ああ、寒い…やっぱり寒いなぁ…



花子ちゃんじゃないから温かくならないよ。



真っ黒な画面をずっと垂れ流しにしていると再び何かの映像が映る。



「ちょ、ちょっと…、」



俺の顔は今これでもかっていうくらい真っ赤だ。


何故なら今映っているのはだらしない顔でニヤニヤしながら盛大に眠りこけている俺の顔だからだ。
な、なにコレ…けれどそんな羞恥心も次の声に全部吹っ飛んでしまう。



『これが私の一番大好きなコウ君の顔です。』



それは紛れもない彼女の声で、今までそんな事言ってくれたことなかったのになんでこんな所で…
なんだかじわりと胸が熱くなった気がする。



『ぅむ…えへへ、花子ちゃ〜ん』



花子ちゃんであろう女の子の指がつんつんと俺の頬をつつけば間抜けな俺は嬉しそうにそんな寝言を言いながら
すりすりと頬を寄せていく。



『ふふ…コウ君、こんな自分知らなかったでしょ?』



穏やかな彼女の言葉にどんどんと熱くなる胸のうちはとどまる事を知らない。
どうにもならないこの感情を抑えるのにぎゅうぎゅうクッションを抱き締める。




『コウ君…』



「花子ちゃん…」




画面の中の君が俺を呼ぶ。
それに合わせて現実世界の俺も君を呼ぶ。



ああ、何だか…100年ぶりに君と繋がった気分だ




『私を…最期まで愛してくれて、ありがとう』




その言葉で今度こそビデオは静かに終了してしまった。




気が付けば俺の瞳からはポロポロと涙が零れてしまっていて…
けれどその涙は悲しさや淋しさで出てしまったものじゃなくて



もっともっと熱くて深くて愛おしい…




「こちらこそ…君を愛させてくれて、ありがとう」




小さな俺の台詞は部屋に溶けて消えて
只々、静かに涙が零れるだけだった。




嗚呼、愛おしさで零れる涙がこんなにも素敵なものだなんて俺は知らなかった。





「花子、あいしてるよ」




いつまでも、いつまでも
煩くて、頭おかしくて…それでいて誰よりも可愛いキミを心から





あいしています





―fin―



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